【レジェンド校長】高島雄平の現在!伝説と判決!経歴や家族は?

14歳から70歳まで1万人を超える数の女性と売春し、児童買春・ポルノ禁止法違反の有罪判決を受けたレジェンド校長・高島雄平とはいったいどんな人物なのでしょうか?高島雄平の経歴、家族構成のほか、現在の様子などを調べてみました。

【レジェンド校長】高島雄平の現在!伝説と判決!経歴や家族は?のイメージ

目次

  1. 1【レジェンド校長】高島雄平とは
  2. 2高島雄平の現在
  3. 3高島雄平のフィリピン伝説と判決
  4. 4高島雄平の経歴
  5. 5高島雄平の家族は?
  6. 6高島雄平の現在は自宅に引きこもり生活

【レジェンド校長】高島雄平とは

昨今、小学校や中学校の先生がセクハラや売春などの犯罪で逮捕される事件をニュースでよく見かけるようになりました。しかし、元横浜市立中学校長・高島雄平が起こした事件の前ではかすんでしまうかもしれません。

高島雄平が26年間に関係を持った女性の数は12000人超とケタ違いの数で、ネット上では「レジェンド校長」とまで呼ばれています。そんなレジェンド校長・高島雄平とはいったいどんな人物だったのでしょうか?その経歴や伝説を追ってます。

高島雄平とは

高島雄平の経歴ですが、1975年横浜市の中学校の教員として採用され、1988年にはフィリピンのマニラにある日本人学校へ赴任しました。1991年にマニラから帰国し、横浜市内の中学校の校長を歴任、2011年に教員を退職しています。

高島雄平の「レジェンド級」の買春行為が発覚したのは退職後から3年経った2014年、フィリピン政府からの情報提供により、神奈川県警が高島雄平の家宅捜索を行ったときのことでした。

高島雄平は児童売春ポルノ禁止法違反で逮捕

自宅への家宅捜索では証拠品となる440冊にものぼる大量のアルバムを差し押さえられ、神奈川県警は1年かかっての調査したのち、高島雄平は児童買春・児童ポルノ法違反の疑いで逮捕されました。

レジェンド校長の名を持つ理由

高島雄平が「レジェンド」と呼ばれる理由は、校長としての経歴や実績などではありません。売春によって関係を持った女性の数が膨大な数にのぼったことで一部ネット上では伝説化されているのです。

高島雄平が関係を持った女性の数は正確には12660人と伝えられています。これは1日あたり1.3人と関係を持ったということになります。さすがに毎日そうした行為をしたわけではないでしょうが、実際には1度に30~40人くらいを相手にしたこともあるようです。

1人の人間が性交渉する人数として660人という数は十分多いと言えます。しかし、それに加えてさらに12000人もいたのですから「660人という数を端数にした男」などとネットで評判になり、ついには「レジェンド校長」と認定されることとなったのです。

高島雄平の現在

校長としての立派な経歴とともに、裏では驚異的な伝説を残した高島雄平ですが、現在はどうしているのでしょうか?また、事件発覚当時には家族がいたようですが、家族の反応はどうだったのでしょうか?

現在は高台の自宅に引きこもる

現在高島雄平は有罪判決が下ったのちも横浜の邸宅に住んでおり、離婚や家族と別居などはしていないようです。しかし、事件発覚後、家族からは罵倒されるなど、冷たい仕打ちを受けているようです。

一時はマスコミなども自宅周辺に殺到したために、人目を避けるため、現在は横浜の自宅で引きこもり生活をしているようです。外出するときも必ず車で外出し、顔を見られないようにしているようです。

現在は近所との交流も無いとの噂

高島雄平は有罪判決が下された後も引越しはしなかったようです。しかし、TVや週刊誌などで大々的に報じられたため近隣住民でもその姿を見かけることはなく、完全に交流を絶っているようです。
 

事件後の退職金は?

高島雄平は2011年に芹が谷中学校を退職し3000万円もの退職金を受け取ったとされています。しかしこれは校長としての経歴がある人間に対しての退職金としては妥当な額ともいえるでしょう。

しかし、2014年に26年間に渡る買春行為が報じられると、横浜市教育委員会が退職金返還を検討しはじめます。2016年には退職金返還命令が出されますが、実際に返還したかどうかは現在わかっておりません。

高島雄平の子供がテレビ取材でコメント

高島雄平には3人の子供がいます。事件発覚当時、息子がTV局の取材に答えています。インタビューでは「厳格な父親だが自慢できる父親」とコメントし、家族内での印象は悪くなかったようです。

学校では教諭時代に技術家庭と理科を担当し、クラス担任や部活の顧問を務めるなど、経歴だけみれば何も問題のない先生だっただけに、なぜこんなことをしていたのかわからない、というのが周囲の反応のようです。

高島雄平のフィリピン伝説と判決

高島雄平が売春で関係を持った人数のあまりの多さに、批判よりも驚きの声が多数挙がりました。高島雄平がフィリピンで残した伝説的な買春行為の数々と、現地での評判、そしてその後の判決を追ってみました。

事件の伝説①売春に費やした金額

事件発覚時、警察が押収したアルバムに載っていた女性の数は12660名だったといわれます。また高島雄平は1回の売春で支払った金額は1000ペソ=約2600円だったと述べており、単純計算でも32,916,000円の金額が売春に費やされたと思われます。

この金額は日本がアジアなどへの新興国に農業支援や教育支援などの小規模事業を行う際に投下される金額と変わらず、「ODA並の予算」「小規模の国家事業」とネットでは揶揄されています。

事件の伝説②ジェントルな対応

通常、売春行為には女性に対する暴行や金銭トラブルなどが付き物と言われています。しかし高島雄平は1万2000人超もの女性と売春で関係を持ったにも関わらず、実際にそうした被害を訴え出た女性は1人もいなかったようです。

その要因として高島雄平のジェントルな対応があったようです。高島雄平は売春で関わった女性に非常に優しく紳士的に接していたとされており、売春を仲介している業者からも「上客」と捉えられていたようです。

性病への気遣いも?

高島雄平は関係を持った女性に対して、ときには性病に感染しない為の薬を渡したりもしていたようです。また、その薬をブローカーなどに横流ししていないかなど犯罪組織に関わらないようにも指導していたようです。

事件の伝説③年齢層の幅広さ

高島雄平の事件が伝説化している背景には、関係を持った女性の年齢層の広さも影響しているようです。高島雄平が買春した女性の年齢は14歳から70歳までとかなり幅広く、とても普通では考えられないほどです。

フィリピンでは女性が売春に手を染める原因のほとんどは「貧困」であり、なかには母娘ともども売春しているケースもあるようです。高島雄平はそうした場合、母娘ごと買春することも多々あり、結果幅広い年齢層を相手にすることになったようです。

事件の伝説④被害者の学費援助

高島雄平は教育者としては長年に渡りかなりの経歴を持っています。そのせいか、買春した少女が貧困でまともな教育を受けられない事情などを知ると、その学費援助までも買って出ていたようです。

高島雄平はのちにある冊子でフィリピンの経済状況について語っており「政府の援助は中間搾取のため、末端には行き渡らない。直接末端に金をばら撒くべき」と語っています。買春行為は高島雄平なりの資金援助だったのでしょうか?

事件の伝説⑤売春行為の人数

2014年に自宅から押収されたアルバムには、売春で関わった女性の写真とともに、1人1人にナンバリングが施されていたそうです。そのナンバーの最終は「12660」だったことから、少なくとも12660名の女性と関係を持ったとされています。

裁判では「もともと食事や風景などを写真に撮る習慣があるため、売春も思い出のために撮影した」とも言っており、単に性的な嗜好だけではなく、学校の先生としての几帳面で記録好きな性質が垣間見えます。

行為を持った女性達の記録も

アルバムには行為に及んだ女性たちの写真が丁寧に保存されていたようです。一枚目の写真は必ず着衣して正面をむいて撮影した写真、2枚目からは行為中の写真といった具合にルール決めされて整頓されていました。

また、特に気に入った女性は大量に撮影するなどしており、高島雄平の異常な性欲とコレクターとしての執着心の両方がうかがえます。

逮捕後に初公判と判決

2014年に児童買春・児童ポルノ禁止法違反の容疑で逮捕された高島雄平でしたが、同年12月には初公判を迎えました。判決を前に高島雄平は「なるべくこの1回の裁判で終わりにしたい」とインタビューに答えています。

証拠不十分で起訴は少女3人への行為のみ

家宅捜索から約1年かけて逮捕に踏み切った神奈川県警でしたが、写真や動画からの売春した少女の特定は困難を極め、結局捜索の直前に売春を行ったとされる3人の少女が13〜14歳と判明したため、児童買春・児童ポルノ禁止法違反での立件となりました。

懲役2年執行猶予4年の判決が下る

結局、フィリピンからは高島雄平に対して被害を訴え出た女性が1人も出なかったために、判決のポイントは大量に所持していた女性の写真や動画の違法性や再犯する可能性へと移っていきました。

しかし、撮影された写真や動画がポルノ画像製造の時効の3年を経過していたことなどもあり、判決が出るまでにはかなり難航して時間を要しましたが、最終的に懲役2年執行猶予4年の判決が下りました。

高島雄平の行為で中学校校長の平均売春人数が増加?

高島雄平の事件後、ネット上では中学校校長の平均売春人数が増加したとのうわさも飛び交いました。しかしこれは統計上のマジックのようなもので、実際にこの事件に影響を受けて買春する校長が増えた、というわけではありません。

全国には約9000ほどの中学校が存在しますが、高島雄平が関係を持った女性は約12000人にのぼるため、他の中学校の校長が売春行為に全く関与していなくとも「中学校の校長先生は1人あたり1.3人の女性と売春行為に及んでいる」という計算になってしまいます。

高島雄平の経歴

高島雄平の経歴をご紹介します。高島雄平は1975年頃に横浜市教育委員会で中学校教員として採用され、中学校の教諭として教員生活をスタートします。そして1988年には文科省の在外教育施設派遣試験に合格しました。

その後、フィリピンのマニラにある日本人学校へ赴任しています。1991年に帰国後は横浜市内の中学校の校長を歴任しており、2011年に退職しています。

フィリピン・マニラの日本人学校に赴任

高島雄平の経歴の中で1988年のフィリピン・マニラの日本人学校への赴任は転機となる出来事でした。高島雄平は現地の経済状況や、そもそも学校というものがあること自体を子供が知らない、といった教育環境の悪さに驚いたようです。

帰国後、高島雄平は横浜市教育文化研究所の雑誌では、学校に行けない貧しい子供たちとの交流について触れています。「物質的に豊かになったことでなくしてしまった心の中の尊いものを、持たざる彼らの中に見つけた気がした」と述べています。

事件後のフィリピンでの評判は?

事件発覚後、フィリピンではさぞ多くの女性が抗議をしているのかと思われましたが、現地の反応はむしろ高島雄平を擁護する向きもあったようです。中には高島雄平の無罪を訴える人もいたようです。

高島雄平は買春の際、女性が嫌がる場合は写真やビデオの撮影をせず、紳士的にふるまっていたようで、学費援助などの行為はむしろ美談として捉えられている部分もあるようです。

帰国後は横浜市内の中学校に着任

高島雄平はフィリピンから帰国後、横浜市内の中学校に着任しました。しかし帰国してからもフィリピンでの売春の快楽を忘れられず、家族には「マングローブの植樹のボランティア」と言って、長期休暇や連休を利用し、何度もフィリピンを訪れていたようです。

中学校は芹が谷中学校と判明

事件発覚後、高島雄平のことをテレビや週刊誌などのマスコミがこぞって取り上げ注目を浴びました。Twitterの履歴などから、高島雄平が赴任していた学校名が芹が谷中学校と判明しました。

芹が谷中学校の校長に就任し3年で退職

高島雄平は芹が谷中学校の校長に就任し、3年間校長を務めたのち、2011年3月31日付で退職しました。また同年4月1日からは横浜市立中和田中学校の教諭となっていたようです。

高島雄平の家族は?

高島雄平にはフィリピンで買春に夢中になっていましたが、日本では家族がいました。家族はいったいどんな気持ちでこの事件のことを考えているのでしょうか?

高島雄平には妻と子供がいる

高島雄平は横浜市の金沢にある高級住宅街に住んでおり、車庫には高級外車や大型バイクが並ぶ豪邸で妻と子供とともに暮らしていました。家族構成は妻と長男・次男・長女の3人の子供がいます。

子供3人は全員社会人

子供3人はそれぞれ全員社会人となっているようです。しかし、そうなると高島雄平の買春行為は子供が生まれる前から始まっており、子供が生まれてからもずっとフィリピンに行っては買春を繰り返していたわけですから、その異常性が一層際立ってきます。

妻との別居や離婚の可能性は低い

事件直後は妻から罵声を浴びせられ、雰囲気は最悪となり、子供からは無視されるなどの酷い仕打ちを受けたようです。しかし現在ではやや関係修復されたようで、妻との別居や離婚などの可能性は低いようです。

高島雄平の現在は自宅に引きこもり生活

高島雄平は現在横浜の自宅に引きこもりに近い状態で生活しているとのことです。TV局の取材に対しても「気力も体力もない。外見も年寄りになっているから魅力もないしそんな気持ちにならない」と事実上の引退宣言(?)とも取れる発言しています。

高島雄平の行為は見方を変えればある種の英雄的な行為ととらえることも可能ですが、経済力にモノを言わせる形で買春という犯罪を犯し、家族にも迷惑をかけたことは間違いないでしょうから、今後も大人しく家で過ごすしかないのかもしれません。

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