【仙台女児連続暴行事件】犯人の高山正樹の生い立ちや事件の概要とその後

2000年に発覚した仙台女児連続暴行事件ですが、この事件の犯人として逮捕された高山正樹にはどのような生い立ちがあったのでしょうか?高山正樹の生い立ちを探ると共に、仙台女児連続暴行事件が起きた経緯や事件の概要をまとめてみました。

【仙台女児連続暴行事件】犯人の高山正樹の生い立ちや事件の概要とその後のイメージ

目次

  1. 1仙台女児連続暴行事件とは?
  2. 2仙台女児連続暴行事件の犯人【高山正樹】とは
  3. 3仙台女児連続暴行事件での犯人の手口とは
  4. 4【犯人】高山正樹の逮捕とその後
  5. 5仙台女児連続暴行事件の裁判と判決
  6. 6仙台女児連続暴行事件被害者のその後
  7. 7仙台女児連続暴行事件は卑劣で残虐な事件

仙台女児連続暴行事件とは?

仙台女児連続暴行事件とは、2000年に宮城県仙台市で発覚した女児連続暴行事件です。逮捕された高山正樹は町中で女児を物色し、自身の好みの女児を連れ去りわいせつ行為を行っていました。またその様子を自らビデオカメラに収めるなどしていたのです。

高山正樹は被害者の女児に対して「誰かに言ったら殺しに行く」などと脅していたため、親に言えないでいた女児もいたようです。被害を受けたとされる女児は100人以上に及び、他に類を見ない卑劣な暴行事件となりました。仙台女児連続暴行事件について詳しくまとめてみました。

宮城県仙台市で起きた女児を狙った犯罪

仙台女児連続暴行事件は、宮城県仙台市で起きた幼い女児を狙った凶悪な暴行事件でした。逮捕された高山正樹はわいせつ目的で好みの女児を物色しては人気のない場所へ連れていき、暴行を働いていたのです。また高山正樹は犯行の様子をビデオカメラに収め、自宅に保管していたといいます。

仙台女児連続暴行事件では幼い女児たちが被害者となっていたため、事件が発覚しづかったという背景がありました。そのため高山正樹は3年間に渡り卑劣な犯行に及んでいたのです。

仙台女児連続暴行事件の概要

仙台女児連続暴行事件は、多数の幼い女児にわいせつ行為を行い、その犯行の様子をビデオカメラに収めるという、日本の性犯罪史上最も卑劣な事件となりました。

高山正樹が起こしたこの忌々しい事件は、連日ニュースやワイドショーで大きく取り上げられ注目を集めています。仙台女児連続暴行事件の詳しい概要をまとめてみました。

3歳から10歳の女児を狙ったレイプ事件

高山正樹が起こした仙台女児連続暴行事件の被害者となったのは、3歳から10歳の幼い少女たちでした。仙台市内では1997年頃から同様の手口で幼い女児を狙った性犯罪事件が多発しており、警察は同一犯の犯行とみて捜査を始めました。

襲われた女児は100人以上に

高山正樹が初めて犯行に及んだのは1997年頃のことで、その後2000年に逮捕されるまでの3年間、およそ100人以上の女児に対してわいせつ行為を行っていたといいます。高山正樹は4日に1回の割合で犯行に及んでいたのですが、被害者が幼い女児だったことから事件発覚が遅れたようです。

犯人が逮捕されても被害者の少女たちの心の傷やトラウマが消えることはないでしょう。犯人高山正樹によって人生を変えられてしまった少女が大勢いるのです。

仙台女児連続暴行事件の犯人【高山正樹】とは

仙台女児連続暴行事件の犯人として逮捕された高山正樹とは一体どのような人物なのでしょうか?このような幼い少女に対してわいせつ行為を行う性犯罪者は、生い立ちに何かしらの問題があることが多いようです。高山正樹も特殊な生い立ちを経験しているのでしょうか?

日本の性犯罪史上最も卑劣な犯行と言われている仙台女児連続暴行事件の犯人、高山正樹の生い立ちを追ってみました。

高山正樹はハーフ

凶悪な事件を起こした犯人である高山正樹の生い立ちについて調べてみると、高山正樹は外国人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフであるということが分かりました。

ハーフは現在では全く珍しいものではなくなってきていますが、当時はハーフというだけでいじめの対象になった時代もありました。高山正樹の生い立ちはその後高山正樹が起こす事件に影響を与えたのでしょうか?

父親が中国人シェフ

高山正樹の父親は中国人で中国料理店のシェフをしていました。高山正樹が犯行を行っていた仙台市周辺は沢山の中国人が住む地域でもあり、中国料理店やラーメン店が立ち並んでいるようです。

高山正樹の中国人の父親や日本人の母親に関する情報はあまり出ていないようですが、親子の仲があまり良くなかったという情報もあります。

少年時代はいじめの被害に

高山正樹は中国人の父親と日本人の母親を持つハーフですが、在日中国人として宮城県仙台市で生まれ育ちました。中学生時代には中国人とのハーフであることを理由にいじめられていたといいます。この頃から高山正樹の精神状態は不安定になっていったようです。

また高山正樹と同級生だった人物は、高山正樹が学生時代から性に対しての執着が強かったことを明かしており、「男がエロくなかったら人類は滅びるから、自分の行動は間違っていない」と言いながら体育の授業で女子の着替え部屋を覗いていたことを明かしています。

また高山正樹は修学旅行の際にも「一番混んでいる時間帯の電車に乗りたい」と痴漢行為を匂わせるような発言をしていたとも言われています。高山正樹の強すぎる性への執着心はいつからか幼い女児に向けられるようになっていったのです。

家族に対して家庭内暴力も

中国人とのハーフという生い立ちからいじめられていたという高山正樹ですが、その反動からか自身の家族に対して暴力を振るうようになっていったようです。特に母親への悪態は日に日に酷くなっていき、怪我を負わせるほどの暴力を振るっていたといいます。

高山正樹は自分よりも力の弱いであろう母親を暴力で押さえつけ、支配していたのでしょう。その後起こすことになる事件でも、自分よりも遥かに力の弱い女児をターゲットにしているのです。子供は生まれてくる家や生い立ちを選べませんが、どんなに辛い生い立ちがあろうとも犯罪を犯していい言い訳にはなりません。

事件当時は無職で母親の保険金で生活

高山正樹は女児に対してのわいせつ行為で逮捕された時には、定職にはついておらず無職の状態でした。高山正樹は働かずに母親の保険金で生活していたといいます。高山正樹は無職だったからこそ女児がいる白昼に犯行に及ぶことが出来たのでしょう。

中国人の父親は中国料理店でシェフとして働いていたといいますが、生活は苦しく貧しい生活を送っていたとも言われています。逮捕された当時はもう20代半ばだったという高山正樹は、職に就いて一家を支える訳でもなく母親の保険金を巻き上げ、挙句に犯罪を犯しているのです。

仙台女児連続暴行事件での犯人の手口とは

2000年に発覚した仙台女児連続暴行事件は、その卑劣な犯行手口が注目を集め、大きな話題となりました。

逮捕された高山正樹は一体どのようにして何人もの少女を連れ去り、犯行に及んだのでしょうか?仙台女児連続暴行事件で逮捕された高山正樹の犯行手口をまとめてみました。

犯行手口①言葉巧みに女児を誘い出す

高山正樹は犯行に及ぶために、ビデオカメラやローションなどを持ち歩き、町中で自身のタイプの女児を物色していました。

高山正樹は好みの女児を見つけると、「一緒に猫を探して欲しい」や「お医者さんだよ」などと言葉巧みに近づき、声を掛けていたのです。女児に警戒され逃げ出さないように優しく声を掛けていたようです。

犯行手口②誘い出した後人気のない場所へ

女児を誘い出した高山正樹は人気のないマンションの踊り場などに連れていき、そこで犯行に及ぶのです。高山正樹は事前に周辺の人気のない場所を下調べし、計画的に犯行に及んでいたようです。

逮捕後の供述では4日に1回のペースでこうしたわいせつ行為をしていたと述べていることからも、かなり悪質で常習的な犯行だったことが伺えます。

犯行手口③女児に対し猥褻行為および強姦

たかや女児を人気のないマンションの踊り場などへ連れていき、そこで女児に対してわいせつ行為及び強姦を行うのです。高山正樹は3歳から10歳の幼い少女に対して強姦を行うためにローションを持ち歩き、自身の性的欲求を満たそうとしていました。

また被害者の女児が嫌がり泣き叫ぶと、「治さなきゃいけない、ここから薬が出るんだから」と言って口淫させたりもしていたようです。高山正樹は口に出すのも憚れるような忌々しい犯行を日常的に繰り返し行っていたのです。

高山正樹が初めて犯行に及んだのは1997年頃でした。高山正樹の一番最初の被害者となったのは小学校高学年くらいの少女だったのです。高山正樹は綺麗な顔立ちをしていた少女を人気のないところに連れていき、服の上から体を触る行為をしました。

当初は服の上から触るという行為で留まっていたようですが、徐々に犯行はエスカレートしていき、女児を物色しては強姦するという卑劣な犯行を行うようになるのです。

犯行手口④犯行をビデオに録画

高山正樹は女児を物色する際にはビデオカメラを持ち歩き、犯行を自らビデオに収めていました。何人もの少女を強姦し、さらにその犯行をビデオに収め、自宅に保管していたのです。

逮捕後に高山正樹の自宅から発見されたビデオテープでは、多数の女児に対する犯行の他に、被害者の少女の姉が犯行を目撃するなどの場面も収められていたといいます。犯人が逮捕された現在でも、被害者やその家族にとっては一生消えないトラウマになっていることでしょう。

犯行手口⑤喋ったら殺すと恐喝し口止め

わいせつ行為をビデオカメラに収めていた高山正樹は、女児に対し「誰かに喋ったら殺す」と脅し、口封じしていました。被害者の中には何をされているのかも理解出来ないであろう幼子もおり、また”殺す”と脅されたことで親にも言えずにいた少女もいたようです。

被害者が幼い女児ばかりだったこの仙台女児連続暴行事件は、事件の概要が掴めず犯人逮捕が遅れた原因にもなりました。高山正樹が3年間という長い期間に渡り犯行を行うことが出来た原因にもなってしまったのです。

【犯人】高山正樹の逮捕とその後

仙台女児連続暴行事件で逮捕された高山正樹は1997年頃から2000年に掛けて犯行を行っていました。

被害者が幼子だったことから事件が発覚するまでに3年間という長い年月が掛かりましたが、同様の女児強姦事件が多発していることから警察は本格的な捜査を開始し、犯人逮捕に力を注ぎました。高山正樹が逮捕された経緯や逮捕のその後について調査してみました。

警察はこの事件を単独犯の犯行と断定

1997年から2000年に掛けて宮城県仙台市周辺で同様の女児強姦事件が多発し、60件以上の被害届が出されていたことから、警察はこの一連の事件を単独犯の犯行と断定し、捜査を開始しました。

犯行現場周辺で不審人物の目撃証言

一連の女児強姦事件が同一犯による犯行だと断定した警察は、厳戒態勢を敷き捜査をしていました。2000年7月下旬ころから8月上旬に掛けて仙台市内のあるアパート付近で強姦事件が発生しており、また不審な人物の目撃証言も相次いでいたのです。

そのため警察はアパート付近で張り込みを開始し、不審人物の行方を追っていました。そこで2000年8月8日、目撃証言と一致する不審人物を発見したのです。

警察による職務質問で不信感

警察はアパート付近で何かを物色していた男に職務質問をします。すると男はアパートに住んでいる友人に会うために来たと証言しました。そこで警察は男に対し訪問先の部屋番号や友人の名前を尋ねるも、答えることができず、さらに自分の名前すら名乗ろうとしなかったといいます。

警察は明らかに不審な男に対して任意同行を求めるも、アパート近くのコンビニに駆け込み、弁護士に連絡を取りたいなどと言い拒否していたようです。

高山正樹を緊急逮捕へ

男が任意同行を拒否したため、警察はその場で男を強制わいせつ容疑で緊急逮捕しました。3年間に渡り幼子相手に卑劣な犯行に及んでいた高山正樹を逮捕し、事件は収束を向かえました。

緊急逮捕後テレビでも報道された

高山正樹の逮捕劇は、テレビの取材班が同行している時に起きた出来事だったのです。警察による職務質問の様子や、高山正樹が緊急逮捕となった一部始終がビデオカメラに収められていたのです。高山正樹が逮捕された様子はその後テレビのニュース番組で報道されました。

高山正樹のその後

強制わいせつの容疑で逮捕された高山正樹は、犯行を認め反省の色を見せているのでしょうか?逮捕された高山正樹のその後を追ってみました。

心神耗弱を装い減刑を要求

強制わいせつの容疑で逮捕された高山正樹は、第1回公判で罪状について「間違いないと思います」と発言をしていましたが、第2回公判の際には車椅子に乗りうなだれたまま入廷し、心身衰弱を装っていたのです。高山正樹は事件について何も語らずに公判を終えました。

高山正樹の弁護側は、犯行当時高山正樹には精神分裂症の症状があり、心身共に衰弱していたと主張し、減刑を要求しました。

反省の色は見えず

高山正樹は心身衰弱を装っていましたが、医師による鑑定結果から精神分裂病や精神病の疑いはないと判断されています。

しかし高山正樹は刑務所内でも精神障害者のフリを続け、減刑や出所を望んでいたようです。逮捕されてもなお全く反省の色は見せず、罪を償う気持ちはないようです。

同じ刑務所にいた元囚人による証言

高山正樹と同じ刑務所にいたという元囚人は、当初高山正樹のことをかなりイカれた精神病者だと思っていたようです。高山正樹は糞尿を垂れ流すなどしており、同じく受刑者の掃夫によって処理されていたといいます。

しかし観察していると、高山正樹が刑務官が目を離している時は何もしないのに戻ってくると突然うわごとをつぶやいたり震えたりしだすということに気付き、精神疾患を装っているのだということを確信したようです。

無期刑停止の要求も

高山正樹は刑務所に入所してからも重い精神疾患を装って、無期刑の執行停止を求めているようです。高山正樹は幼い少女に対して犯した罪を反省することもなく、逮捕された現在も自身の減刑を求めている身勝手な人間ということなのでしょう。

仙台女児連続暴行事件の裁判と判決

仙台女児連続暴行事件で逮捕された高山正樹の裁判では、犯人に対してどのような判決が出たのでしょうか?日本の性犯罪史上最も卑劣な犯行と言われた仙台女児連続暴行事件の裁判と判決結果についてまとめてみました。

強姦未遂・強姦致傷・強制猥褻で起訴

仙台女児連続暴行事件で逮捕された高山正樹は、1999年3月10日から2000年8月1日に掛けて4件の強姦未遂と2件強姦致傷、5件の強制わいせつを行ったとして起訴されました。

また高山正樹は起訴された事件以外にも複数の犯行に及んでいることが判明しており、検察側は高山正樹に対して「わが国の性犯罪史上、類がない卑劣な犯行。最高刑をもって臨むしかない」と述べ、無期懲役の判決を求刑しました。

無期懲役の判決

高山正樹の弁護側は、犯行当時高山正樹は精神疾患に陥っており心身衰弱状態だったとして減刑を主張していましたが、医師による精神鑑定の結果高山正樹が精神疾患に罹患していないということが証明されました。

こうしたことから2002年3月29日仙台地裁は弁護側の訴えを棄却し、高山正樹に対して最高刑となる無期懲役の判決を言い渡しました。

被告は判決を不服とし上訴

高山正樹はこの判決結果を不服とし、上訴します。高山正樹は逮捕されてもなお全く反省の色を見せずに自身の減刑ばかり求めているのです。被害者の少女たちやその家族はこのおぞましい犯行を行った高山正樹を許すことはないでしょう。

高山正樹は刑務所内でテレビを見ていた際に、テレビに映った幼い少女に対して犯行欲求とも取れる発言をしていたという情報もあります。このような凶悪な性犯罪者は、たとえ釈放されたとしてもまた罪を犯す危険性があると言えるでしょう。

最高裁にて無期懲役の確定(2004年)

判決結果を巡って上訴していた高山正樹ですが、その後2004年5月に最高裁において無期懲役の判決が確定しました。数多くの幼子が被害者となったことに加え、犯行をビデオカメラに収めていたことについても「おぞましいの一言に尽き、鬼畜にも劣る」とし、無期懲役の判決を言い渡したのです。

一般的に強姦罪で起訴された場合には5年~20年の実刑判決が下ることが多いと言われています。死亡者がいない性犯罪でさらに前科のない人間に無期懲役の判決が下るのは異例のことなのだそう。それだけ高山正樹が行った犯行は卑劣なものだったということでしょう。

現在も高山正樹は服役中

最高裁で無期懲役の判決が下された高山正樹は、現在も服役中です。無期懲役とは期限のない懲役刑で日本の法律の中では死刑判決の次に重い刑と言われています。しかし無期懲役は死刑判決や終身刑とは違い、一生涯に渡り絶対に刑務所から出られないという訳ではないようです。

無期懲役が下った囚人が模範囚だった場合、稀に仮釈放が行われることがあるようです。しかし入所から10年以内に仮釈放となるのはほんの数%の確率で、基本的には仮釈放の審理が行われるのは入所から30年が経った後となっているようです。

仙台女児連続暴行事件被害者のその後

仙台女児連続暴行事件で被害を受けた少女たちはその後どうなっているのでしょうか?犯人が逮捕され現在も服役中だとしても、被害者にとっては事件のトラウマや心の傷が消えることはないでしょう。

性犯罪は被害者のその後の人生に大きな影響を与えるのです。仙台女児連続暴行事件の被害者たちのその後や現在を追ってみました。

子宮破裂や大腸破裂となった少女たち

高山正樹が犯した性犯罪の被害者の中には、子宮が破裂し摘出しなければならなくなった少女や、大腸破裂により心身ともに一生涯に渡り残る傷を負った少女たちもいたといいます。一般的に性犯罪の被害者はプライバシー保護のために一切の情報は公開されません。

そのため被害者の少女たちが現在どうなっているのかは不明なのですが、裁判の際には「私に変なことをした男の人が刑務所から出てきたら怖いからずっと刑務所の中に入れて下さい」「今でも思い出すと怖くて涙が出そうになります」という被害者少女の供述が公開されていました。

事件が起こった時にはまだ幼かった少女たちも、成長と共に自身がされたことを理解し、さらなる苦痛を味わっていることでしょう。男性に対しての恐怖感や不信感が、少女たちの今後の人生に大きく影響することも考えられます。

歩行障害になった少女も

高山正樹の下劣な犯行により、大腸が破裂し一生涯人工肛門で過ごさなければならなくなった少女や、股関節を傷付けられ、歩行困難に陥った少女もいるのです。

犯人の身勝手な犯行動機で、心だけではなく体にも一生治らない傷を負わせられた少女とその家族は、高山正樹を一生涯許すことはないでしょう。高山正樹はこの被害者たちの苦しみを理解しているのでしょうか?傷付けられた被害者たちのためにも高山正樹には本当の意味で罪を償ってほしいですね。

無期懲役は軽いとの声も

被害者の少女たちに一生涯消えない傷を負わせた高山正樹には、無期懲役でも軽すぎるという声も上がりました。無期懲役は日本の法律では死刑の次に重い判決ではありますが、一生刑務所から出られないという訳ではなく、模範囚だった場合仮出所が認められる場合もあります。

高山正樹は刑務所の中でも全く反省している様子はなく、現在でも無期懲役の判決から逃れようと精神疾患のフリを続けているといいます。被害者のことを全く考えていない高山正樹には極刑を求める声も上がっているのです。

またこの事件が注目を浴びた事により、日本の性犯罪者に対する法律が甘すぎるとの意見も多く出ているようです。アメリカやイギリス、フランスなどの国では現在性犯罪を犯した者に対し、GPSを付けて監視するという制度が導入されています。

性犯罪を犯したことのある前歴者にGPS機能が付いた足輪を装着し、外れたり切断されたりすると通報される仕組みになっているのです。完全防水型なので前歴者は24時間常に足輪を付けた状態で生活するのです。日本もこのような制度を取り入れなければ凶悪な性犯罪者から子供たちを守ることは出来ないでしょう。

仙台女児連続暴行事件は卑劣で残虐な事件

仙台女児連続暴行事件の犯人である高山正樹の生い立ちや現在についてまとめてみました。高山正樹は日本の性犯罪史上最も卑劣な犯行を行った犯人であり、服役中の現在も全く反省の色は見せていないようです。高山正樹には罪の重さを把握し、一生涯を掛けて罪を償ってほしいですね。

関連するまとめ

関連するキーワード

Missing
この記事のライター
vivichan0430

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ