【柏市連続通り魔殺傷事件】竹井聖寿の生い立ち!事件の概要や判決も

2014年に千葉県柏市で起きた連続通り魔殺傷事件の犯人・竹井聖寿の生い立ちについては「在日」「父親がセレブ」などさまざまな噂があります。ここでは竹井聖寿にまつわる噂とともに事件の概要や犯行の様子、逮捕後の裁判の経過などをまとめていきます。

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目次

  1. 1竹井聖寿とは
  2. 2竹井聖寿の生い立ち
  3. 3柏市連続通り魔殺傷事件の詳細
  4. 4竹井聖寿への裁判の判決
  5. 5竹井聖寿の疑惑
  6. 6竹井聖寿のその後から現在
  7. 7竹井聖寿のセレブ疑惑
  8. 8竹井聖寿は更生の見込みがない凶悪犯だった

竹井聖寿とは

竹井聖寿とは、2014年に千葉県柏市で起きた連続通り魔殺傷事件で逮捕された人物です。事件発生当時は竹井聖寿の人格異常者とも思えるような異様な行動や、裁判での不可解な言動が非常に注目されました。

ここでは、竹井聖寿が起こした柏市連続通り魔殺傷事件についてご紹介します。今から5年前の事件を振り返っていきましょう。

柏市連続通り魔殺傷事件の犯人

2014年3月3日深夜、柏市の路上でナイフを持った男性が暴れ回って帰宅途中の人たち数名を襲い、死傷者1名・負傷者1名を出す通り魔事件が発生しました。犯人はその後付近にあった車を奪って逃走しました。

数日後、千葉県警は事件現場付近のアパートに住んでいた竹井聖寿を強盗殺人の容疑で逮捕しました。竹井聖寿は当時24歳で職業には就いておりませんでした。警察の調べによれば通り魔事件は金銭目的の犯行だったようです。

竹井聖寿の生い立ち

柏市連続通り魔殺傷事件で強盗殺人の容疑で逮捕された竹井聖寿ですが、その残虐な犯行の様子や、逮捕後の異様な行動などが明らかになるにつれ、竹井聖寿の生い立ちや犯行に至った経緯・動機などが注目されました。

ここでは、竹井聖寿の生い立ちについて詳しく調べていきます。そして竹井聖寿の生い立ちがどのように影響して柏市連続通り魔殺傷事件へつながっていったのかを見ていきたいと思います。

竹井聖寿の生まれは千葉

竹井聖寿の実家は千葉県にあります。また、竹井聖寿はわかっているだけでも3回ほど転校していますが、いずれも小学校・中学校と柏市内の学校に通っていたようです。また事件当時も柏市内に住んでいたことが明らかになっており、ほぼ千葉県で過ごしているようです。

そして、竹井聖寿の父親は不動産業を営んでいるようです。ただし不動産業といっても大きな会社ではなく、いわゆる「町の不動産屋さん」というくらいのつつましい稼業だったようです。
 

別名「李聖寿」で在日疑惑

竹井聖寿は実は在日で「李聖寿」という別名があったとも言われています。別名が李という名前だとすれば、竹井聖寿は在日韓国人や在日中国人の可能性があります。また顔立ちも韓国人に近いということで「在日ではないか?」という疑惑がネットを中心に広がりました。

しかし、実際に竹井聖寿が在日韓国人や在日中国人だったという証拠はなく、戸籍上在日であると証明するものも今のところ見つかっていません。したがって「竹井聖寿が在日」というのは、あまり根拠のある話ではないようです。

「竹井聖寿が在日」という噂の出所は、おそらく「聖寿」という名前にあるようです。「聖」も「寿」の字も、韓国では一般的な名前の字として使われているために「在日ではないか?」という噂につながっていったようです。

近年は犯人が逮捕されると、本当に在日かどうかに関係なく在日と決めつける「在日認定」をして「犯罪=在日の仕業」というこじつけ行われます。今回もそうした「在日認定」であり、実際に竹井聖寿が在日であったという証拠や証言などは出ておりません。

精神科病院に通院していた

柏市連続通り魔殺傷事件で逮捕された竹井聖寿ですが、凄惨な犯行の手口や逮捕時に意味不明のことを叫ぶなどしていたため「精神的な病かなにかでは?」と疑われました。実は逮捕される1年前から柏市内にある精神科の病院に通院していたことがわかっています。

また、逮捕後に竹井聖寿の精神鑑定を担当した医師は「竹井聖寿の行動や発言には統合失調症の症状に多く当てはまっていた」と述べており、竹井聖寿に精神的な障害があったことを認めています。

竹井聖寿の異様なエピソード

ここで竹井聖寿の子供の頃から現在までをさかのぼっていきます。竹井聖寿は、柏市連続通り魔殺傷事件を起こし逮捕されるまでにもたびたび異様な行動を取っていたようで、数多くのエピソードが残っております。

①コンパスで同級生を刺す

柏市連続通り魔殺傷事件発生後に、マスコミが竹井聖寿の同級生にインタビューした際、竹井聖寿が小学校3年生の頃、同級生をコンパスの針で刺すという事件を起こしていたことがわかりました。

また竹井聖寿は小学校時代に野良猫を殺したり、学校で飼っていたウサギを殺したこともあったようで、すでにこの頃から竹井聖寿の凶暴性や異常性は、同級生などの間ではかなり知られていたようです。

②スタンガンやナイフを所持

事件後のマスコミによる竹井聖寿の同級生へのインタビューでは、竹井聖寿は子供の頃からスタンガンやナイフなどを所持しており、友達に自分のコレクションを見せびらかしていたこともわかりました。

同級生の家に竹井聖寿が遊びに来たとき、竹井聖寿はなんとスタンガンを手にしており、それを見て危険を感じた友達が「スタンガンを持ってるぞ」と叫び、一斉に逃げ出したこともあるようです。

③少年院に2回入所

竹井聖寿は少年院に2回入所していたことが明らかになっています。1回目は14歳の頃に少年院に入所しており、ヤフーチャット上での出来事がきっかけで友人とトラブルになり、友人宅で友人とその弟をバタフライナイフで刺したことが原因だったようです。

また、竹井聖寿は15歳で仮退所するものの、知的障がい者に殺人予告や下劣な動画を作らせるなどを強制し、18歳の頃にも再入所となっています。このころにはすでに竹井聖寿の異常性は知れ渡っていたようです。

④「レッドマン」と呼ばれていた

竹井聖寿は逮捕時の写真や映像を見ると色白の顔をしていますが、怒ると顔が真っ赤になったと言われており、竹井聖寿の仲間からは「レッドマン」というあだ名で呼ばれていたそうです。

ささいなことでも瞬間的にキレて暴れるという竹井聖寿の性格は、すでにこの頃から出ていたようです。そして、竹井聖寿の周囲にいた仲間からも危険人物として認識されていたことがわかります。

いじめが原因で中卒

竹井聖寿の学歴は中卒となっています。ここまでのエピソードからは意外に思えるかもしれませんが、普段の竹井聖寿はどちらかというと大人しい性格で、俗にいう「いじめられっ子」タイプだったようです。

そして、周囲からいじめを受けるたびに突然キレて暴れ、その後「異常行動」として問題視されるというようなパターンで転校を3度も繰り返しており、竹井聖寿はどうしても学校にはなじめなかったようです。

中学卒業後、竹井聖寿は定時制高校に進学するものの、少年院に入退所を繰り返したりするうちに中退となっています。このように竹井聖寿は少年から思春期にかけて友人関係を構築していくことにことごとく失敗しています。

竹井聖寿はますます孤立を深め、その一方で仲間を求める気持ちと誰かに自分の存在を認められたいという承認欲求をさらに強めいったことは想像に難くないところです。そしてこの歪んだ強い思いがやがて犯行へと向かっていったものと思われます。

コンプレックスの塊だった?

事件直前の頃の竹井聖寿の交友関係は、チャット仲間に限られていたようです。チャット仲間の一人は竹井聖寿の印象について「基本的に居場所がなくて、ものすごくコンプレックスが強い。省かれることに対して敏感だった」と語っています。

竹井聖寿が小学校時代から同級生の友人などに攻撃的な行動を取ったり、キレて暴れたりするのはそうした疎外感から起きたものだったかもしれません。そしてさらにいじめを受けた影響などから、仲間はずれにされることに対して異常に敏感になっていたようです。
 

竹井聖寿がスタンガンやナイフを持っていたり、キレて暴れまわったりするのも、実は孤立を恐れ注目を集めたいという一心から行っていた、と考えるならば多少理解できる部分はあります。

仲間外れにされて、なんとか仲間に入れてもらおうと奇怪な行動に出て、さらに仲間外れにされるということを繰り返した結果、竹井聖寿はコンプレックスの塊になり、溜め込んだ怒りの感情が連続通り魔殺傷事件へと結びついていったのかもしれません。

柏市連続通り魔殺傷事件の詳細

2014年、竹井聖寿は柏市連続通り魔殺傷事件を起こしました。事件後現場から逃走した竹井聖寿ですが、その後千葉県警の捜査により自宅アパートを突き止められ、強盗殺人の容疑で逮捕されています。

この事件の詳細を辿っていくうちに、竹井聖寿の異常性や凶暴性、人格の欠陥などが垣間見えてきます。ここで竹井聖寿が起こした柏市連続通り魔殺傷事件の詳細について見ていきたいと思います。
 

市道での通り魔連続事件

2014年3月3日の深夜、柏市内の市道で連続通り魔殺傷事件が起こりました。犯人は男性1名をナイフで切りつけ、さらに別の男性に馬乗りになって首筋や背中など数箇所をナイフで刺し、その後付近にあった車を奪って逃走しました。

柏署捜査本部は5日の深夜になってから現場近くに住んでいた当時24歳の竹井聖寿を強盗殺人の容疑で逮捕しました。警察の調べでは犯行の目的について逮捕された竹井聖寿は「金銭目当ての犯行」と述べています。

犯行①帰宅途中の女性

竹井聖寿は連続通り魔殺傷事件を起こす直前、チャットのメンバーに対してチャット上で「大きいことをしてやる」と犯行をほのめかすようなことを言っていました。そしてその発言どおり実行に移したようです。

まず竹井聖寿は帰宅途中の女性に声をかけたものの、不審に思った女性はすぐさまその場から逃げ出しており、被害に遭うことはありませんでした。しかし、竹井聖寿はそこで諦めず次のターゲットを探します。

犯行②帰宅途中の男性

竹井聖寿は女性を襲い損ねた後、今度は自転車に乗って帰宅途中だった男性に向かって行き、男性に対してナイフを突きつけます。男性は突然のことに驚きながら「何?お金?」と竹井聖寿に問いかけています。

そして男性は突きつけられた竹井聖寿のナイフを払いのけようとしますが、その際に手を切られ負傷してしまいます。竹井聖寿はその後さらに別のターゲットに向かいます。

犯行③会社員・池間博也

女性と男性に襲いかかったのち、その次はアパートの近くまで帰ってきていた会社員・池間博也さんを竹井聖寿は狙います。池間博也さんと竹井聖寿はもみ合った末に転倒します。そして竹井聖寿は池間博也さんの背中や首など数箇所をメッタ刺しします。

このとき二人はタクシーの前に倒れこんでおり、タクシーのドライブレコーダーには犯行の様子がしっかりと録画されていました。その後竹井聖寿は池間博也さんを助けに駆けつけた男性の車を奪い、そのまま逃走しています。

笑い声や奇声をあげながら狂気の犯行

竹井聖寿は池間博也さんに馬乗りになりメッタ刺しにする際に、「ハハハハ」というような笑い声や奇声を発していたようです。その様子はかなり異様で、まさに狂気に満ちた犯行であったようです。

また、車を奪って逃走する際、竹井聖寿はドライバーに対して「110番するなよ」と言って口止めしており、殺人を犯しながらも妙に冷静な態度だったようです。こうしたことからも、竹井聖寿の異常性が際立つような犯行だったことがわかってきます。

10分間の短絡的犯行

柏市連続通り魔殺傷事件は、時間にすればわずか10分間というかなり短時間で起こった犯行でした。そして竹井聖寿の行動は計画的な犯行というよりも、突然思いついたような短絡的な犯行のように思えます。

こうした社会的に有名になる無差別の通り魔事件の場合、犯人は「社会への不満」や「家庭での虐待で抑圧されていたことが原因」という主張をし、犯行の準備も用意周到に行っているケースが少なくありません。

しかしこの事件の場合、犯人の竹井聖寿はナイフ以外の武器を用意しておらず、逃走手段もその場にあった車を奪って逃走していたりと、かなり行き当たりばったりで行動しているようにも思えます。

また、事件の詳細からは竹井聖寿のすぐにカッとなってキレて暴れだす性質や、ただひたすらかまってほしくて思いついたことをやってみるというような性格が見え隠れしており、いわゆる「劇場型犯罪」と呼ばれるタイプの犯罪に近いことがわかります。

竹井聖寿は逮捕前に嘘をついていた

竹井聖寿は逮捕される前、事件現場にたくさんのマスコミが取材にやってきました。そして集まった報道陣に対して大胆にも姿を現し、なんと「事件の目撃者」として取材に応じていました。

そして竹井聖寿は取材陣に対して、事件の様子を携帯で動画を撮っていたことや、犯人が馬乗りではなくしゃがんだような状態で刺していたこと、「ハハハ」と笑いながら刺していたことなど犯行の様子を克明に答えています。

さらに竹井聖寿はインタビューの中で凶器について聞かれたときに「牛刀」という言葉で答えております。ぱっと見ただけのはずなのに、犯人が使った刃物の形状を専門用語で言い当てたことで「こいつが犯人ではないか?」と勘づいた人もいたようです。

そして、竹井聖寿は携帯で撮ったという動画の提供を求められますが「警察に止められている」と答えました。しかしこれは完全に嘘です。映像を撮っていればそこに映っていたのは竹井聖寿の姿だったはずで、竹井聖寿が動画を撮っているはずはありませんでした。

連行される際に「ヤフーチャット万歳」

事件発生2日後に捜査員が竹井聖寿の自宅に踏み込み逮捕となります。竹井聖寿は捜査員に取り囲まれながら連行されました。そして逮捕の瞬間を捕らえようとしていた報道陣のカメラに対して「チェックメイト」と叫んでいます。

さらにその後報道陣のカメラに対して中指を突き立て、大声で「ヤフーチャット万歳」とも叫んでおります。これはヤフーチャットの仲間に対して向けた言葉だったのかもしれません。竹井聖寿の中でヤフーチャットが心の拠り所になっていたことがうかがえます。

また、のちのTV取材で竹井聖寿が事件の直後にヤフーチャットをしていたことがわかりました。竹井聖寿は事件のわずか1時間後にヤフーチャットで「ニュースを見てみて」とチャット仲間に告げ「この事件は俺がやった」とアピールしていたようです。

その話を聞いたチャット仲間も最初は信じがたかったようですが、その後竹井聖寿がテレビ取材を受けていた映像が流れ、そのインタビューで「牛刀」という刃物の名称や「奇声を上げていた」という発言を聞き「犯人に違いない」と確信したようです。
 

竹井聖寿への裁判の判決

竹井聖寿は強盗殺人の容疑で逮捕された後、千葉地方検察庁は竹井聖寿の精神鑑定を要求しました。そして精神鑑定の結果「刑事責任能力あり」とされ、2014年7月17日に起訴されました。

ここでは竹井聖寿が起こした柏市連続通り魔殺傷事件の裁判の過程と、裁判中の竹井聖寿の様子、そして判決についてまとめていきます。

無期懲役の実刑判決

2015年5月27日、千葉地方裁判所で柏市連続通り魔殺傷事件の初公判が行われ、竹井聖寿が被告として出廷しました。金銭目的による犯行という検察の指摘に対し、竹井聖寿は起訴内容を認めました。そして検察側は再犯の恐れありとして無期懲役を求刑しました。

その後6月12日に千葉地方裁判所で行われた判決では、検察側の求刑通り竹井聖寿に対して無期懲役の実刑判決を言い渡しました。また弁護側が主張していた「統合失調症」の影響による情状酌量は認められませんでした。

裁判中の異常な暴言

判決を言い渡されたこの日、竹井聖寿はなんと白のタンクトップ姿で入廷しています。そして急に笑い出したり、突然しゃべり始めるなどを奇妙な行動を取り、一旦退廷を命じられるなどして裁判の開廷が1時間ほど遅れる事態となりました。

また、公判中に検察や裁判官に対して「死刑にしろ」「出てきたらまた殺してやる」と悪態をついてみたり、判決文を読み上げている間に尾崎豊の「卒業」を歌いだしたりと、さらに異常な行動に出たり暴言を吐いていたようです。

そして無期懲役の判決が下り、退廷する際には「これでまた殺人ができる」「悔しかったら死刑にしてみろ」と竹井聖寿が検察官に対して中指を突きたて、挑発するような暴言を吐いたそうです。

この判決について、裁判長は死刑ではなく無期懲役とした理由について「幼少期に受けたいじめが人格形成に影響を与え、生育歴に同情の余地がある」としています。しかし、はたしてそれが正解だったのかどうかが疑問が残るような幕引きでした。

最高裁が上告棄却

裁判での最終弁論で弁護側は竹井聖寿が統合失調症だったことを理由に、情状酌量の余地があるとして懲役25年を主張しました。たしかに公判の前に行われた精神鑑定の結果では「統合失調症」の可能性を認められていました。

しかし、事件後に取材陣に対して虚偽の証言をしていたことなどから、十分に合理的な行動をしていたと判断され、なおかつ薬の副作用などによる異常な言動なども見られなかったため、完全な刑事責任能力ありとして弁護側の訴えは退けられました。

その後、弁護側は控訴し東京高裁へと上告したものの、東京高裁は第一審を支持。さらに最高裁へ上告するものの、最高裁もまた第一審および第二審の判決を支持、竹井聖寿被告の上告を棄却としました。

これにより柏市連続通り魔殺傷事件における竹井聖寿の有罪が確定しました。そして竹井聖寿は無期懲役の実刑を受けることになりました。

竹井聖寿の疑惑

竹井聖寿に関しては柏市連続通り魔殺傷事件を起こし逮捕される以前からすでにいくつかの疑惑がありました。ここでは竹井聖寿にまつわる噂を取り上げ、疑惑をひとつひとつ検証していきます。

猫を大量殺害疑惑

竹井聖寿は事件以前にも猫を大量に殺害していたという噂があります。事件後に犯人として竹井聖寿の顔が公開されると、柏市に住んでいた男性は思い当たることがあったと週刊誌の取材に答えています。

その取材を受けた男性は普段、柏市の河川敷で複数匹の猫の餌付けをしていたそうです。そして2013年の10月頃、その男性は猫が1匹死んでいるのを発見しました。その後も2014年の1月の間までに計5匹の死んでいる猫を発見しました。

猫を殺した犯人を見つけるため、男性は深夜のパトロールを行っていました。そして公園で深夜に懐中電灯を持った人物が現れ、男性が声をかけるとその人物は何も言わずに逃げて行ったそうです。その人物が通り魔殺人事件の犯人・竹井聖寿にそっくりだったそうです。

その後、男性は実際に猫を殺している現場を押さえることができていませんので、この話はあくまで「疑惑」にとどまります。しかし男性はニュースで逮捕された竹井聖寿の顔を見て「猫を殺した犯人は竹井聖寿に間違いない」と確信したそうです。

チャット界を賑わせる「じょあく」

竹井聖寿はニコニコ生放送の主、いわゆる「ニコ生主」としても動画投稿をしており、趣味のナイフコレクションの自慢や、発狂している姿を動画に撮り投稿するなどして、一部では有名な存在となっていたようです。

またプロフィール欄には自分がセレブであることや、父親が不動産や建築士をしていることなども含めなんと3000字以上もの字数で書かれていました。このプロフィールからは「周囲から注目されたい」という竹井聖寿の「承認欲求」の強さが感じられます。

また竹井聖寿はこのニコニコ生放送のハンドルネームを「じょあく」としておりました。そしてプロフィールには「私は現在、24才のセレブニートであります。悪を持って悪を制する信念と正義を持っております」と書かれていました。

またプロフィールの文章には自身をセレブではないのにセレブと称するような虚言癖や、「今の荒んだ時代を変えられるのは私だけ」「俺はヤフーチャットの伝説になる」といった誇大妄想的な表現が多々見受けられます。

不気味なやつと話題に

竹井聖寿はニコニコ動画が流行する前にあったサービス「ヤフーチャット」をよく利用していたようです。ヤフーチャットは文字でのチャットのほか、ウェブカメラやマイクなどを接続して音声や映像なども送れるサービスでした(現在は廃止されています)

竹井聖寿はそのヤフーチャットのグループ「喧嘩部屋」というところでよくチャットを行っていたようです。そして奇声をあげながらナイフでペットボトルを刺す映像などをアップし、チャット仲間からは「不気味なやつ」と認識されていたようです。

死刑囚を尊敬している?

竹井聖寿は事件以前、チャット仲間たちと毎日のようにチャットしており、その中には神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗や、大阪・池田小での児童殺傷事件を起こした宅間守元死刑囚を尊敬しているといった発言もあったようです。

また、ニコニコ動画のプロフィール欄でも、酒鬼薔薇聖斗の真似をしてウサギを殺してみたり、ハムスターを水に入れて電気を流して殺したことなどを明かしており、竹井聖寿はすでにこの頃からかなり異常な精神状態だったことがわかります。

竹井聖寿のその後から現在

竹井聖寿は柏市連続通り魔殺傷事件を起こしたのち、裁判で無期懲役の実刑判決が下りました。その後、竹井聖寿はどうしているのでしょうか?ここでは竹井聖寿の裁判での様子から、裁判後から現在に至るまでを調べていきます。

遺族への謝罪は一切なし

竹井聖寿は逮捕直後には「後悔しています」と言いながら涙を浮かべていたと言われています。そして事件を起こしたことに対して反省する様子を見せたといいます。しかし、その一方で被害者となった池間博也さんの遺族への謝罪などは一切無かったようです。

裁判中では一度遺族に対して謝罪とも取れる発言をしていますが、その後すぐに取り消しています。つまり、竹井聖寿は自分が捕まったことに対してのみ後悔していたということであり、一人の人間の命を奪ったことに関してはなんの罪悪感も感じていなかったようです。

「裁判は楽しかった」と発言

竹井聖寿は裁判直後、自身を弁護してくれた弁護士に対して「裁判は楽しかった」などと感想を述べており、事件への反省や有罪の判決を受けたショックなどは微塵も感じていない様子だったようです。

竹井聖寿にとって柏市連続通り魔殺傷事件とは、自身を有名にしてくれた一種のショーのようなものであり、竹井聖寿の中ではチャット上で動物の死骸を見せたり、狂った様子を晒していたこととたいして変わらない感覚だったのかもしれません。

死刑を望んでいた遺族の無念

今回の事件で死亡してしまった池間博也さんの遺族は、裁判後「死刑を望んでいましたが、無期懲役という判決結果になり、本当に悔しくて仕方がありません」とメディアに対してコメントしています。

遺族側としては、謝罪も反省の様子もない竹井聖寿を見て極刑を望んでいたものと思われます。しかし今回判決は無期懲役となり、恩赦などの特例があれば仮釈放することも可能なため、遺族としてはやりきれない気持ちになったと思われます。

竹井聖寿のセレブ疑惑

竹井聖寿のプロフィール欄には「24歳のセレブニート」と自身のことをセレブだと書いてありました。しかし実際は竹井聖寿はセレブではなかったのではないか?という疑惑があります。ここでは竹井聖寿のセレブ疑惑について検証していきます。

父親は1級建築士

竹井聖寿のネット上で公開していたプロフィールでは、父親は1級建築士と書かれていました。そして不動産業では祖父が土地をたくさん持っているとして、かなりのセレブであることをアピールしています。

またネット上では竹井聖寿の父親は岡山のリフォーム会社の社長ではないか?という噂もありました。リフォーム会社のホームページには「会長:竹井寿」「代表取締役:竹井寿太郎」という名前があり、これが父親と祖父なのではないかと推測されました。
 

自称「セレブニート」

また、竹井聖寿はネット上で自分自身のことを「セレブニート」と称しており、今は休職しているものの、生活には困っていないセレブのような立場であることをアピールしていたようです。

たしかに父親が1級建築士で、祖父も不動産業で大儲けしていればそうした生活をすることも可能だろうと当時は思われていたようですが、あくまで竹井聖寿が自身でそう述べていただけであり、根拠がある話ではなかったようです。

実際は全くのガセだった

実際に竹井聖寿の父親のことを調べると「父親が1級建築士」「セレブニート」というのはまったくのガセでした。父親が不動産業をしていたのは確かですが、父親が一人で切り盛りしているような小さな不動産屋であり、セレブとは程遠い生活だったようです。

また、竹井聖寿の父親は岡山県にあるリフォーム会社の社長ではないか?という噂もネット上では広まっていました。しかし実際にはこのリフォーム会社と竹井聖寿はまったくの無関係でした。

結局、竹井聖寿の父親の噂のソースを辿っていくと、Yahoo!知恵袋に投稿された「竹井聖寿の父親はリフォーム会社の社長ではないか」という憶測がそのままネット上でデマとして広まってしまったようです。

実際には問題行動を起こしてばかりの竹井聖寿は家族からも見放されており、父親の援助と生活保護で一人暮らししていたようです。そして竹井聖寿がネット上で書いていた「父親が一級建築士でセレブ」というのもまったくのガセだったようです。

竹井聖寿は更生の見込みがない凶悪犯だった

柏市連続通り魔殺傷事件の犯人・竹井聖寿は逮捕後に精神鑑定を行った結果、精神的な病気の影響はなく、刑事責任能力ありということで無期懲役の実刑判決が下りました。竹井聖寿は反省する様子を見せるどころか、検察官や裁判官に対して暴言を吐いています。

また、竹井聖寿には父親が一級建築士であるとか、自身がセレブであるというように嘘をついて自分を大きく見せようとするような傾向があり、チャットや動画投稿サイト上でさらに誇大妄想を膨らませていたようです。

実際の竹井聖寿は父親からも見放されて、生活保護を受けながら一人暮らししている状態でした。チャットの世界で奇怪な行動をして注目を浴びる一方で、現実の世界では学歴もなく就職もできないような悲惨な状態だったというわけです。

そして過去の殺人犯を英雄崇拝しながらも、同じように事件を起こすことで英雄的な立場になり、承認欲求を満たそうと考えていたのかもしれません。いずれにせよ、竹井聖寿に対して同情する余地はなく、更正の見込みがない凶悪犯であることだけは間違いないようです。

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