竹村桐子ときゃりーぱみゅぱみゅは同一人物?画像や証言から検証!

モデル兼アーティストとして人気のきゃりーぱみゅぱみゅさん。しかし、かつて本名の「竹村桐子」名義のもと、グラビアアイドルとして水着DVDを出していたという噂があります。そこで、竹村桐子時代のグラビア活動の真相、水着画像、卒アルなどについて調べてみました。

竹村桐子ときゃりーぱみゅぱみゅは同一人物?画像や証言から検証!のイメージ

目次

  1. 1きゃりーぱみゅぱみゅのプロフィール
  2. 2竹村桐子がきゃりーぱみゅぱみゅ?真相は?
  3. 3「竹村桐子」時代の活動は?
  4. 4きゃりーぱみゅぱみゅが過去を語った?
  5. 5きゃりーぱみゅぱみゅと竹村桐子を比較
  6. 6竹村桐子ときゃりーぱみゅぱみゅは同一人物!

きゃりーぱみゅぱみゅのプロフィール

ファッションモデル兼アーティストとして、若い世代から絶大な人気を誇るきゃりーぱみゅぱみゅさん。高校時代に読者モデルとして始動し、「青文字系」雑誌で人気を獲得。その後まもなく「好きな読者モデル」ランキングで1位を獲得するなど、最も有名な読モの一人に挙げられました。

そして、2011年からは音楽活動を開始。特に注目されたのが海外からの評価であり、iTunesでは邦楽歌手史上初となる1位を獲得。世界ツアーも成功させ、あのレディー・ガガもファンを公言するなど、地球規模で話題を呼びました。

しかし、そんなきゃりーぱみゅぱみゅさんが、かつて本名と思われる「竹村桐子」名義で、グラビアアイドル活動をしていたという噂があります。しかもグラビアアイドル時代には水着DVDを出版していたようで、ファンの間でも物議を醸しています。

果たして、きゃりーぱみゅぱみゅと竹村桐子は同一人物なのでしょうか。また、グラビアアイドルや水着DVDの真相、竹村桐子の画像等も気になるところ。そこでまずは、きゃりーぱみゅぱみゅさんのプロフィールから確認してみましょう。

・愛称:きゃりー、KPP
・芸名:きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ
・生年月日:1993年1月29日
・現在年齢:25歳
・出身地:西東京市(旧田無市)
・血液型:B型
・身長:157cm
・体重:不明
・活動内容:アーティスト、ファッションモデル
・事務所:アソビシステム
・家族構成:父、母
 

きゃりーぱみゅぱみゅの経歴

きゃりーぱみゅぱみゅさんは主に、ファッションモデルとアーティストの2本柱で活動しています。まずは芸能デビューのきっかけとなったファッションモデルの経歴から確認してみましょう。

きゃりーさんが初めて雑誌に登場したのは、『KERA』のストリートスナップでした。その後まもなく専属モデルとしてスカウトされ、『Zipper』、『HR』などのいわゆる「青文字系」雑誌を舞台に活躍を見せます。

特に『HR』では、創刊第2号で早くも単独表紙を飾るなど、読者モデルとしては異例の注目を集めていました。そして2012年には、当時絶大な人気を誇った益若つばささんや小森純さんを抑え、「好きな読者モデル」ランキング1位を獲得。

さらに『Zipper』では3年連続で創刊記念号の表紙に登場するなど、ファッションモデルとして不動の地位を築き、若年層から圧倒的な支持を集めるようになりました。そしてほぼ同時期に、きゃりーさんは音楽活動も始動させることになります。

音楽活動のきっかけは、中田ヤスタカさんとの出会いでした。クラブイベントで同氏と知り合ったきゃりーさんは、中田さんから歌手になることを勧められます。そして2011年8月、ミニアルバム『もしもし原宿』でメジャーデビュー。

同アルバムのリード曲『PONPONPON』はiTunesで世界23カ国に配信され、フィンランドとベルギーのエレクトロニックアルバムチャートで1位を記録。続く『つけまつける』ではアメリカの同チャートで日本人最高位の2位を獲得しました。

そしてファーストアルバム『ぱみゅぱみゅレボリューション』において、ついにアメリカ同チャートの首位を獲得し、世界各地で「パミュアー」や「キャーミィ」と呼ばれるファンが続出。あのレディー・ガガやケイティ・ペリーなどもファンを公言する事態となりました。

2013年には米国・ヨーロッパを含むワールドツアーを敢行。これにより、きゃりーさんは世界で最も成功した日本人アーティストとして評価を受けるようになりました。

しかし、このような輝かしい経歴以前に、きゃりーさんは本名の「竹村桐子」名義でグラビアアイドルをしていた時代があるといいます。もちろん本人にとっては黒歴史のようで、グラビア時代や水着DVD、本名についても沈黙を貫いています。

果たしてきゃりーぱみゅぱみゅさんの本名は竹村桐子なのでしょうか。グラビアアイドル時代や卒アルの画像は残っているのでしょうか。そして気になる水着DVDの真相も含め、調査結果をご紹介します。

竹村桐子がきゃりーぱみゅぱみゅ?真相は?

きゃりーぱみゅぱみゅさんの本名は「竹村桐子」なのでしょうか。またジュニアアイドルや水着グラビアDVDの真相も気になるところ。そこで、まずはきゃりーさんと竹村桐子の関係性を探るために、卒アルの画像を確認してみました。

きゃりーぱみゅぱみゅの本名が卒アルで判明?

きゃりーさんの本名を知るためには、やはり「卒アル」の画像を確認するのが一番手っ取り早いはずです。また、竹村桐子と同一人物であることが分かれば、アイドルや水着DVDの真相も確かめることができます。

そして、きゃりーさんの卒アルと思われる画像を調査してみたところ、やはりきゃりーさんの本名は竹村桐子であることが判明しました。問題の卒アル画像を確認してみましょう。

竹村桐子の時の卒アル画像はある?

こちらが卒アル画像です。こちらは中学時代の写真で、現在のきゃりーさんとはだいぶ雰囲気が違いますが、確かに本人のようです。そして名前の欄には「竹村桐子」と記載されています。

このように、卒アルからもきゃりーさんの本名は竹村桐子であることが分かりました。これは同時に、きゃりーさんがかつて竹村桐子として、アイドル活動をしていたことも意味します。それでは、竹村桐子時代の活動も調査してみましょう。

「竹村桐子」時代の活動は?

きゃりーさんと竹村桐子が同一人物であることが判明しました。竹村桐子という人物はジュニアアイドルとして活動し、水着グラビアやDVDを発売していたといわれています。しかし、正確な情報はほとんど出回っていません。

そこで、まずは竹村桐子時代の主な活動情報をまとめてみました。特に気になるのは、水着グラビアやDVDの真相です。現在も画像や動画は残っているのでしょうか。また、そもそもどうしてきゃりーさんは、当時の活動を「黒歴史」として捉えているのでしょうか。

中1の時からジュニアアイドルだった

きゃりーさんは中学1年生(12歳)の頃、本名でアイドル活動をしていたようです。活動期間は1年間のみ。ジュニアアイドルということですが、実際にはグラビア写真やDVDを撮影されることもあり、なかには水着の撮影もあったようです。

本人が過去に、1年だけ芸能事務所に所属していた旨を発言したことがあることから、恐らくそれがジュニアアイドル時代のことを指しているのだと思われます。

竹村桐子時代の水着グラビアはある?

竹村桐子としてジュニアアイドル活動をしていたきゃりーさんですが、水着グラビアの仕事も含まれていたようです。当時はまだ12歳。現在であれば児童ポルノ法に抵触するはずですが、その頃はセーフだったのでしょうか...。

そして気になるのは水着グラビアの画像です。現在も竹村桐子時代の水着画像は残されているのでしょうか。

調査をしてみたのですが、残念ながら画像を見つけることはできませんでした。ただし、竹村桐子時代からまだそれほど時間が経っているわけではなく、当時の画像を持っている人は少なからずいるはずです。今後、ネットに流出する可能性は十分にあるでしょう。

竹村桐子時代にDVDを発売していた

竹村桐子時代は水着グラビアだけでなく、DVDも販売していたといわれています。しかも、内容はやはり水着映像のようです。竹村桐子はそれなりに人気があったようで、DVDも複数枚発売されていたという情報もあります。

しかし、そのDVDは現在発売されておらず、Amazonなどで検索してもヒットしません。残念ながら映像を確認することはできませんが、当時の「ジャケット写真」は残されていました。その画像がこちらです。

確かに、「竹村桐子」という名義になっています。またジャケット画像の顔からも、卒アルの人物と同じであることがよく分かります。こちらのDVDはすでに絶版となっていますが、オークションサイトやフリマアプリでは、いくつか見かけることができます。

もちろん本物であるかどうかは分かりませんが、わずか十数年前のことであり、現物が残されていても不思議ではありません。

きゃりーさんはどうして当時のことを黒歴史と捉えているのでしょうか。確かに、現在のきゃりーさんのキャラクターからすると、どうしてもイメージに合いません。また12歳の水着DVDというところも、児ポ法の観点から受け入れられるものではありません。

さらに当時の芸能事務所にも問題があったようです。DVDを出版していた芸能事務所は、表面上はジュニアアイドル事務所を装っていながら、実際にはかなり際どいことや、法に抵触することをしていたと噂されています。

驚くべきことに、現在もその事務所は存在し、大勢のアイドルの卵が所属しているようです。果たして真相のほどは分かりませんが、かなりブラックな事務所である可能性は少なくないようですね。

きゃりーぱみゅぱみゅが過去を語った?

卒アルの画像からきゃりーさんの本名が「竹村桐子」であることが判明しました。また、当時の記録から竹村桐子という人物が、ジュニアアイドルとして活動し、水着グラビアやDVDを発売していたという真相も分かりました。

きゃりーさんは竹村桐子時代を完全な黒歴史として伏せているようですが、しかし、きゃりーさんの発言には当時のことを匂わせるものもあります。それらの発言をまとめてみましょう。

「スカウトされて芸能事務所に所属」

2010年のオフィシャルブログで、きゃりーさんは「池袋でスカウトされて1年間だけ芸能事務所入ってたよ(^O^)」と語っています。

これが12歳前後の記録として語られていることから、恐らく竹村桐子時代のことを指していると思われます。もちろん、芸能事務所での活動については一切触れられておらず、あくまで真相は伏せたまま、といった状態です。

きゃりーぱみゅぱみゅ以前の活動について本人が口にしたのは、これがほとんど唯一の出来事でした。きゃりーさんにとっては完全な黒歴史であるため、基本的には「なかったこと」にしているようです。

しかし、それゆえにメディアで発言をする際には、さまざまな矛盾が生じてしまっています。

「グラビアはしたことがない」と否定

記憶に新しいのは、「ダウンタウンなう」に出演したときのこと。松本人志さんから「グラビアはやらないでしょ?」と質問をされた際に、「グラビアはやらないですね。やったことないです」と発言しています。

もちろん、竹村桐子時代を知る人からすれば、これは完全な矛盾であることは間違いありません。当然そのような指摘が入ることも、事務所やきゃりーさん自身も想定していたはずです。

しかし、たとえ矛盾になろうとも、公の場では「なかったこと」にするのが事務所やきゃりーさんの意向のようです。むしろこのような確固たる姿勢から、竹村桐子時代を黒歴史として処理しようとするきゃりーさんの意志も見受けられます。

なお、竹村桐子時代への干渉を徹底的に阻止しようとする動きは、他の場面でも確認することができます。

竹村桐子時代からのファンの証言

きゃりーさんは現在もSNSで情報発信をしています。しかし、誰でもコンタクトを取れることから、竹村桐子を知る人物がそれについて発言をしたこともあります。話題に上ったのは、そのときのキャリーさんの対応でした。

「竹村桐子時代から応援してました」とメッセージを送ったユーザーを、なんと即座にブロックしてしまったのです。またWikipediaにそのような情報を記載した際にも、すぐに削除依頼が入るといわれています。

これらの徹底した反応からも、きゃりーさんにとって竹村桐子がいかに黒歴史であるか、理解することができます。

きゃりーぱみゅぱみゅと竹村桐子を比較

竹村桐子時代の真相がだいぶ明らかになりましたが、しかしきゃりーさん本人は当時の記録について、かなり否定的な態度をとっています。そこで最後に、改めてきゃりーさんと竹村桐子の画像を比較し、二人が同一人物であるかどうか、検証をしてみたいと思います。

きゃりーぱみゅぱみゅの子供時代の画像

こちらが、きゃりーさん本人が投稿した小学6年生当時の写真です。当然ですが、きゃりーさん本人の面影はあります。そして先ほどの「竹村桐子」の画像と比較してみても、実に良く似ていることが分かります。

少なくとも小学6年生のきゃりーさんと竹村桐子は、同一人物であると考える方が自然のようです。

きゃりーぱみゅぱみゅのすっぴん画像

竹村桐子の画像はいずれも古く、またきゃりーさんが普段はメイクをしているため、比較ができないという意見もあります。そこで、きゃりーさんのすっぴん時の画像と比べてみました。

この写真を見ると、小学6年生の頃とあまり顔立ちが変わっていないことが分かります。そしてやはり、卒アルの画像にもよく似ています。

竹村桐子ときゃりーぱみゅぱみゅは同一人物!

卒アルの画像を確認する限り、やはりきゃりーぱみゅぱみゅさんの本名は「竹村桐子」であると判断できそうです。そして竹村桐子時代に水着グラビアやDVDを出版していたという真相も、どうやら間違いないと思われます。

芸能人の多くは「下積み生活」が長く、ひとつやふたつは黒歴史を持っているものです。しかし、だからといって現在のきゃりーさんに対する評価が変わるわけではありません。ファッションリーダーとして、日本を代表するアーティストとして、今後も大いなる活躍を期待します。

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