武豊の年収がすごい!最高年収や生涯年収など!成績も調査!

日本を代表する騎手武豊騎手。歴代最多勝記録や歴代最多騎乗数記録など数々のJRA記録を保持している武豊騎手ですが、今までの最高年収や生涯年収がすごいのです。初年度から現在までの武豊騎手の成績の推移や年収の推移についてもまとめてみました。

武豊の年収がすごい!最高年収や生涯年収など!成績も調査!のイメージ

目次

  1. 1武豊のプロフィール
  2. 2武豊の年収がすごい!最高額は?
  3. 3武豊の出場記録と成績は?
  4. 4武豊の年収の内訳は?
  5. 5武豊の生涯年収は?推移も
  6. 6武豊は成績に比例して年収がすごい

武豊のプロフィール

・愛称:ユタカさん
・本名:武豊
・生年月日:1969年3月15日
・年齢:49歳
・血液型:O型
・出身地:京都府京都市伏見区淀
・身長:170cm
・体重:50kg
・活動内容:騎手
・事務所:所属厩舎1987年~1992年2月29日 (武田作十郎厩舎) 1992年3月1日~ (フリー)
・所属グループ:所属団体 (栗東トレーニングセンター)
・家族構成:配偶者 (佐野量子)

武豊の経歴

武豊騎手は現役騎手の武邦彦騎手の三男として生まれました。10歳の時に乗馬を始め、1984年にJRA競馬学校に入学しました。そして1987年に学校を卒業後、栗東武田作十郎厩舎に所属します。

武豊騎手は1987年3月1日に阪神4レースで”アグネスディクター”に騎乗し念願の騎手デビューを果たしました。デビュー戦では馬体の仕上がりも良く、勝てると予想されていましたが、後方レーンで落馬があり武豊騎手はそれに動揺し馬体をアウトラインへ膨らませてしまい、勝利を逃してしまいます。

”初騎乗初勝利”を逃してしまった武豊騎手ですが、同年3月7日の阪神3レースで”ダイナビショップ”に騎乗して初勝利を遂げます。そしてこの年は69レースで1位を獲得し新人最多勝記録を打ち立てました。翌年の1988年には史上最年少(19歳1か月)でJRA通算100勝を記録。

1989年3月4日には史上最速、最年少(19歳11か月)でJRA通算200勝を達成し、同年11月25日には同じく史上最速、最年少(20歳8か月)でJRA通算300勝を達成するなど数々の記録を更新しました。

その後もJRA通算勝利記録を更新し続け、1991年には史上最速、最年少(22歳4か月)でJRA通算500勝を達成すると共にアメリカ・サラトガ競馬場のセネカハンデキャップで”エルセニョール”に騎乗し初の海外グレード競走制覇を達成しました。

1994年にはフランス・ロンシャン競馬場でムーラン・ド・ロンシャン賞で”スキーパラダイス”に騎乗しJRA所属の騎手として初の海外G1勝利を達成します。

1995年には元アイドルタレントの佐野量子さんと結婚します。1988年6月当時アイドル活動をしていた佐野量子さんは中京競馬場にイベントのゲストとして招かれた際に、武豊騎手と出会います。その後TVで共演するなどして徐々に真剣交際に発展しました。

しきたりの多い競馬界でアイドルが騎手の妻になるのは無理なのではという声もあったようですが、2人は7年の恋を実らせゴールイン。佐野量子さんは結婚を機に芸能界を引退しています。

結婚後も武豊騎手の活躍は続き、1998年にはスペシャルウィークにて日本ダービーを初制覇しました。その後多くの競馬ファンに衝撃を与えることになった名馬”ディープインパクト”と出会います。武豊騎手は”ディープインパクト”の専属騎手となりJRAクラッシック三冠を達成。

”ディープインパクト”との出会いは武豊騎手を更なる高みへと導くことになりました。武豊騎手は”ディープインパクト”と出会った時に「この馬、ちょっとやばいかも」と思ったと言い、「僕はずっと、こういう馬を探していたような気がします」と語っています。

武豊騎手は2010年に落馬事故を経験し一時は不調に陥りましたが、見事復活しその後も数々の記録を更新し続けています。騎手デビューしてから33年が経った現在も活躍し競馬界のレジェンドと呼ばれる存在になっています。今回はそんな武豊騎手の凄すぎる年収について調べてみました。

武豊の年収がすごい!最高額は?

数々のJRA記録を保持している武豊騎手ですが、武豊騎手の最高年収がすごいという噂があります。一般的に騎手の年収は高収入であるとされていますが、武豊騎手は4000勝を超えるJRA歴代最多勝記録やG1勝利数歴代最多記録などを保持していますので、さらに高額な年収になっているのではないかと思います。武豊騎手の気になる年収と、最高年収額も調査してみました。

武豊は日本を代表するJRA騎手

武豊騎手は1987年に初勝利を収めてから現在に至るまで、数々の記録を更新し続け沢山の最高勝利記録を持っている日本を代表するJRA騎手です。競馬に興味がなくても武豊騎手の名前は知っているという人も多いのではないでしょうか。

騎手の平均年収は4000万

競馬には大きく分けて『中央競馬』と『地方競馬』があります。中央競馬と地方競馬の違いは運営と開催地にあるようです。中央競馬は全国各地に運営地を持っていて開催地は季節ごとに変わり、馬券もインターネットや全国に設置された場外馬券場で買うことが出来ます。

一方地方競馬は一つの競馬場で運営されていて、馬券購入もインターネット対応はしていますが、中央競馬とは規模が違うのです。

このように運営規模の違う中央競馬と地方競馬では騎手の年収も大きく変わってくるようです。一般的に地方競馬の騎手の平均年収は200万円以下、トップ騎手でも最高年収500万円と中々厳しい現状にあるようですが、中央競馬=JRAの騎手の一般的な平均年収は4000万円に上ると言われています。

武豊の最高年収は2億2050万!

平均的に高額の年収を稼いでいるJRA騎手の中でも特に武豊騎手の年収はすごいようです。騎手はレースに出場し勝利すると賞金が貰えます。賞金は馬主80%、調教師10%、厩務員5%、騎手5%と分けられますが、騎手は賞金以外に騎乗手当として1レース2万円~6万円貰えるようです。

武豊騎手は2005年に853レースに出場し、最高賞金額2億2050万円を獲得しています。この他に騎乗手当が1レースごとに付きますので最高年収額はこれよりも上回ると予想されます。

武豊の出場記録と成績は?

数々のJRA記録を保持している武豊騎手。武豊騎手の今までの累計レース出場記録と1位を獲得したレース数など成績の推移についても調べてみました。

武豊の累計出場レース数

武豊騎手は18歳の時に騎手としてデビューしてから現在までに、累計21,482レースに出場しています。これはJRA歴代最多騎乗数の記録となっています。

武豊の1位になったレース数

武豊騎手が出場した累計21,482レースの中で1位になった数は4,034レースあります。武豊騎手は数多くのレースで1位という成績を残しているのです。

武豊の累計勝率は?

1987年のデビューから騎手歴33年を迎えた武豊騎手。これまでの21,482回の出場レース数と1位を獲得した4,034回という成績数による武豊騎手の累計勝率は18.8%となっています。

武豊の累計獲得賞金は800億!

武豊騎手はデビューから現在までの騎手生活33年間で、生涯獲得賞金額がなんと800億円以上にも上ります。33年間もの間トップ騎手として活躍し、数多くのトップ成績数を残している武豊騎手はまさにレジェンドと言えるでしょう。

武豊の年収の内訳は?

武豊騎手はトップクラスの成績数を残す騎手としてレース出場の他にもCMやメディアに出演することも多々あります。CMやテレビ出演料だけでもかなりの額を稼いでいると思われますが、武豊騎手の年収の内訳を見ていきましょう。

年収の内訳①騎手手当

まずレースに出場する騎手は騎乗手当及び騎手推奨金という報酬が貰えます。競争に騎乗した騎手に対し支払われる騎乗手当、また競馬番組で特に定めた競争について支払われる推奨金があり、騎乗手当はレースごとに値段が異なるようですが、平均的に1レース2万円~6万円と言われています。

これはレースの勝敗に関わらず騎乗したことで貰える手当なので出場レースが最高数の武豊騎手はこの手当だけでもすごい額の報酬を得ているということになるでしょう。

年収の内訳②獲得賞金の5%

次に騎手はレースに勝利することで賞金を獲得することが出来ます。この勝利賞金額は馬主や調教師などに分配されますが、その中で騎手は賞金の5%の報酬を得ることが出来ます。

武豊騎手は今までに累計800億円以上の賞金額を獲得していますので、その5%が武豊騎手の生涯年収ということになりますね。武豊騎手の活躍はこれからも続くでしょう。それに伴い生涯年収もどんどん上がっていくのではないでしょうか。

年収の内訳③CM・TV出演料

武豊騎手は騎手としてレース出場以外にメディアにも多数出演しています。『日本中央競馬会(JRA)』企業のCMや、近年ではCygames『馬娘 プリティーダービー』という競馬ゲームのCMにも出演しています。

2018年12月には『モノシリーのとっておき偉人列伝 生ける競馬伝説 武豊SP (父子の絆 秘話)』が放送され多くの反響がありました。

また2018年末に開催された有馬記念で武豊騎手が騎乗したオジュウチョウサンの舞台裏『バース・デイ オジュウチョウサン 崖っぷちから人気競走馬へ復活!有馬記念舞台裏』も放送され注目を浴びました。

このように武豊騎手は数々のCMやテレビ番組にも出演していますので、年収は予想よりもはるかに上回る額ということになるでしょう。

武豊の生涯年収は?推移も

かなり高額な年収を手にしている武豊騎手ですが、武豊騎手の生涯年収は一体いくらになるのでしょうか。生涯年収とは、一人の人間が生涯で得られる収入の総額のことです。一般的なサラリーマンの生涯年収は2億円~3億円と言われています。

武豊騎手は年収で一般的なサラリーマンの生涯年収額を軽く超えていますので、生涯年収も桁外れの額になっているのでしょう。武豊騎手の年収の推移も見ていきたいと思います。

年収は初年度から4000万

武豊騎手の年収の推移を見ていきたいと思いますが、まず最初に騎手デビューした1987年の武豊さんは初年度から4000万円という高額な年収を得ています。

武豊騎手は初年度、553レースに出場し69レースで1位を獲得。この成績はJRA新人最多勝記録となり、2008年に三浦皇成騎手により記録が更新されるまで21年もの間武豊騎手が記録を保持していました。

3年目から年収1億円越え

武豊さんは成績記録を残すなど華々しいデビューを飾りました。武豊騎手の年収の推移ですが、騎手歴3年目にはもうすでに年収が1億を超えるほどになっていたのです。3年目の出場レース数は722回、1位獲得レースは133回という成績になっています。

2010年落馬事故で欠場

順調に見えた武豊さんの騎手歴の推移ですが、実は2010年に落馬事故に合いレースを欠場したことがありました。2010年3月27日阪神競馬場で行われた重賞レース「毎日杯」で騎乗した”ザタイキ”(牡3)が最高スピードに乗ろうとしていた矢先、直線残り200メートルの地点で突然前につんのめる形で転倒してしまうのです。

騎乗していた武豊騎手はターフに投げ出され芝の上を転がり動けない状態になってしまいました。すぐに救急車で競馬場内の診療所に運ばれ手当を受けます。

落馬した武豊騎手は左鎖骨遠位端骨折、腰椎横突起骨折などの重傷を負いました。この怪我は数か月で完治することが出来ない重症だったにも関わらず、武豊騎手が与える競馬界への影響力や多くの有力な競走馬を抱えているという事情により、約半年間という短い期間で復帰することになるのです。

しかし思うように身体が動かず、復帰後のレースでは厳しい状態が続きます。武豊騎手はのちに”早期復帰をしたいあまりに怪我を完治させずにレースに復帰してしまった、苛立ちと焦りがあった”と当時を振り返っています。

ファンや競馬関係者の間ではもう終わったとまで言われていた武豊騎手ですが、2012年に運命的な出会いを果たしたのが”キズナ”でした。”キズナ”は翌年の日本ダービーを制覇します。勝利騎手インタビューで武豊騎手は『僕は帰ってきました!』と語り、完全復活を遂げたのです。

武豊生涯年収は40億!

武豊騎手の年収の推移を見てきましたが、武豊騎手の生涯年収は一体いくらになるのでしょうか。騎手は獲得賞金の5%を受け取ることが出来ます。武豊騎手の累計獲得賞金額は800億円以上と言われていますので、およそ40億円が武豊騎手の生涯年収ということになりますね。

レースの勝利獲得賞金以外にもレースごとに得られる騎乗手当、CMやテレビ出演料もありますので、実際の武豊騎手の生涯年収はもっと上回っていると考えられます。そしてこれからも活躍し続けることでもっと生涯年収が増えていくことでしょう。

武豊は成績に比例して年収がすごい

武豊騎手のデビューしてから現在に至るまでの成績の推移や年収の推移についてまとまてみました。武豊騎手は成績に比例して年収の推移もすごいということが分かりましたね。

高額な年収を得られる可能性がある騎手という職業ですが、一方で一瞬にして大事故が起きてしまうというリスクもあります。武豊騎手は大事故を乗り越え33年間もの間騎手として活躍し競馬界のレジェンドとなりました。これからも事故に気を付けて活躍していってほしいですね。

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