田宮二郎まとめ!ドラマなどの経歴は?死因や遺書などその後についても

田宮二郎さんと言えば昭和を代表する名俳優でしたが、1978年に43歳という若さで亡くなっています。突然の死に世間は騒然となりましたが、田宮二郎さんが亡くなった死因は何だったのでしょうか?田宮二郎さんの俳優としての経歴も調べてみました。

田宮二郎まとめ!ドラマなどの経歴は?死因や遺書などその後についてものイメージ

目次

  1. 1田宮二郎のプロフィール
  2. 2田宮二郎のドラマや映画などの出演経歴
  3. 3田宮二郎の死因とは
  4. 4田宮二郎の遺書やその後について
  5. 5田宮二郎以外の今は亡き名俳優
  6. 6田宮二郎はドラマ『白い巨塔』を遺作に他界

田宮二郎のプロフィール

・愛称:昭和のクールガイ
・本名:柴田 吾郎(しばた ごろう)
・生年月日:1935年8月25日
・年齢:1978年12月28日没(享年43歳)
・出身地:大阪府大阪市北区出身
・血液型:B型
・身長:180cm
・体重:???
・活動内容:俳優・司会者
・所属グループ:なし
・事務所:田宮企画
・家族構成:妻(藤由紀子)、長男(柴田光太郎)、次男(故・田宮五郎)

田宮二郎の経歴

大学在学中の1955年に「ミスター・ニッポンコンテスト」で優勝したことをきっかけに芸能界を意識、田宮二郎さんは「大映演技研究所10期生」として入社しています。1956年に田宮二郎さんは「ミスタースマートコンテスト」でも優勝、その容姿を買われファッション雑誌「男子専科」の専属モデルに選ばれます。

俳優業としては端役の多かった田宮二郎さんでしたが、1961年に映画「女の勲章」での演技が注目されます。更に同じ年に出演した映画「悪名」で勝新太郎さんの相棒役を演じたことで人気が出て大映の看板俳優となり、後に「昭和のクールガイ」とも呼ばれるようにもなりました。

田宮二郎さんは会社とのトラブルから映画に出られなくなり、その後は舞台俳優や歌手など様々な仕事を手掛けることになりました。そんな中、1969年に田宮二郎さんは「クイズタイムショック」の司会に抜擢されます。これが評判となりテレビ業界で田宮二郎さんは幅広く活躍していくこととなりました。

冠番組なども持つようになった田宮二郎さんに再び映画の話が舞い込みます。東映映画「日本暗殺秘録」に抜擢、田宮二郎さんの映画復活となりました。

田宮二郎の妻は藤由紀子(柴田幸子)

田宮二郎さんの奥さんは数々のドラマで共演したことがある女優の藤由紀子さんです。奥さんの藤由紀子さんとはどのような方のなのでしょうか?

藤由紀子(柴田幸子)とは

藤由紀子さんは1942年12月17日生まれで、東京市城東区(現:東京都江東区)亀戸出身の78歳(2021年8月現在)です。藤由紀子さんは数多くのサスペンス映画「黒シリーズ」に出演、田宮二郎さんとも何度も共演し、それがきっかけで1965年にお2人は結婚しました。2012年に藤由紀子さんは脳出血を患い歩行に難があるそうです。

藤由紀子(柴田幸子)との出会いから結婚まで

田宮二郎さんは藤由紀子さんと「黒の爆走」や「黒の超特急」などで共演しています。藤由紀子さん田宮二郎さんは共演がきっかけで交際が始まり1965年に結婚しています。藤由紀子さんは結婚後は女優を引退しました。

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田宮二郎のドラマや映画などの出演経歴

田宮二郎さんは様々なドラマや映画に出演している実力派俳優です。具体的に田宮二郎さんはどの様なドラマや映画に出演されていたのでしょうか?

田宮二郎のドラマ出演経歴

まずは田宮二郎さんが出演していたドラマの中で特に有名な作品やシリーズ化されたものを集めてみました。役柄に応じで様々に演じ分ける田宮二郎さんは必見です。

ドラマ出演経歴:『疑惑』

ドラマ「疑惑」は1960年に単発ドラマとして放送されたものです。このドラマは後にシリーズ化されていますが、田宮二郎さんが亡くなった後のことでした。

ドラマ出演経歴:『赤ひげ診療譚』

こちらのドラマ「赤ひげ診療譚」も1960年に放送されたものです。後に映画化されて大ヒットとなったので、そちらの方が有名な作品です。

ドラマ出演経歴:『侍』

関西テレビで制作されたドラマ「侍」ですが、田宮二郎さんは1961年3月19日に放送された第20回「槍一筋」に出演しました。

ドラマ出演経歴:『Hawaii Five-O』

アメリカのCBSで放送されていたドラマ「Hawaii Five-O」に田宮二郎さんは出演しています。田宮二郎さんは1971年に放送された第4シーズン第14話に「シバタゴロウ」という役柄で出演しました。

ドラマ出演経歴:『白い巨塔』

田宮二郎さんは白いシリーズに出演していましたが、この「白い巨塔」が最後の作品となっています。田宮二郎さんが生前最後に出演していて遺作となりました。

田宮二郎の映画出演経歴

田宮二郎さんは最初に映画俳優として芸能界デビューを果たしています。特にシリーズ化されていた田宮二郎さんの出演映画を集めてみました。

映画出演経歴:『女の勲章』

田宮二郎さんは映画「女の勲章」に出演しています。女の勲章はテレビでドラマ化されて何度が放送されていますが、映画はこれ一本となっています。

映画出演経歴:『悪名』シリーズ

1961年から1968年にかけてシリーズ化されていた映画「悪名」です。田宮二郎さんは大映在籍時に作られた悪名シリーズの全ての作品に出演しています。

映画出演経歴:『黒』シリーズ

1962年から1964年にかけてシリーズ化されていた映画「黒の○○」をまとめて「黒シリーズ」と呼んでいます。

映画出演経歴:『犬』シリーズ

田宮二郎さんが主役を演じた数々の映画「○○犬」を総称して「犬シリーズ」と呼んでいます。田宮二郎さんはガンマニアで有名ですが、このシリーズで演じた役柄がガンマニアでした。

映画出演経歴:『不信のとき』

1968年に映画「不信のとき」の宣伝ポスターで、主役の田宮二郎さんがメインの立ち位置にならなかったことで大映とトラブルとなり、それが理由で解雇されることになりました。そのため田宮二郎さんは映画界から追放される形となってしまいます。この出来事が田宮二郎さんの人生が狂ったきっかけだと言われています。

田宮二郎の司会者としての出演経歴

田宮二郎さんが司会していた番組と言えば、10年ほど続いた「クイズタイムショック」が外せないでしょう。この番組は田宮二郎さんが亡くなるまで放送されていました。

田宮二郎の死因とは

田宮二郎さんが亡くなったという衝撃の訃報が流れ、世間は騒然となりました。そして田宮二郎さんの死因が更に衝撃を世間に巻き起こしています。

1978年12月に43歳の若さで他界

1978年12月28日に田宮二郎さんは43歳という若さで亡くなりました。あまりにも早い訃報に世間は騒然としていました。

田宮二郎の死因は自殺

田宮二郎さんの突然の訃報に世間は驚きましたが、死因を聞いて更に衝撃を受けました。それは田宮二郎さんの死因が自殺を図ったからだという情報が出たからです。

死因「猟銃自殺」の真相

田宮二郎さんが使用した銃は散弾銃だったとも言われていますが、足で引き金を引き自分の心臓を撃ち抜いたのが死因となっています。

ドラマ『白い巨塔』撮影ラストから自殺までの経緯

田宮二郎さんは俳優の傍ら事業にも手を広げていましたが、なかなか上手くいっていなかったようです。そのストレスからか田宮二郎さんは持病の結核を再発、まだ若いにもかかわらず薄毛になり始めたこともあり鬱症状が出ていたと言います。田宮二郎さんは段々と俳優業に身が入らなくなっていきます。

1978年12月28日、田宮二郎さんが自宅の部屋にこもっていたため付き人が食事を持っていったところ、血を流して倒れているのを発見、救急を呼びますが既に亡くなっていました。

田宮二郎の自殺は躁鬱病が関係?

1977年に結核を再発した田宮二郎さんは注射を打ちながらも仕事を続けていましたが、休めない状況の中で3月に躁鬱病と診断されます。しかし田宮二郎さんは鬱であることを一切認めず、治療も薬を飲むことも断固拒否していました。その為に田宮二郎さんの躁鬱症状は急速に悪化していったと考えられています。

田宮二郎と山本陽子の不倫の噂も浮上

田宮二郎さんと言えば女優の山本陽子さんとの不倫疑惑も浮上しています。実際のところ田宮二郎さんと山本陽子さんは不倫関係にあったのでしょうか?

山本陽子とは

山本陽子さんは1942年3月17日生まれで、東京府東京市(現:東京都)中野区出身の79歳(2021年8月現在)です。
その美貌から様々な男性を魅了してきた山本陽子さんは「魔性の女」とも呼ばれていましたが、現在でも独身を貫いています。

山本陽子との不倫関係の真相

田宮二郎さんと山本陽子さんはドラマ「白い影」がきっかけで不倫関係になったそうですが、これは関係者の間では公然の秘密だったようです。しかし田宮二郎さんが自殺する前にお2人は破局していたのだそうです。

田宮二郎他界後に山本陽子の反応は?

山本陽子さんは田宮二郎さんが亡くなったことを受けて、記者会見の中で不倫関係について否定をしています。交際があったとしても既に破局していたため、山本陽子さんのこのような発言になったものだと思われます。

田宮二郎の遺書やその後について

田宮二郎さんは自殺を図る前に遺書を書いていました。その遺書は亡くなった直後は公開されませんでしたが、後に奥さんが少し内容について語っています。

田宮二郎の遺書の内容とは

田宮二郎さんの遺書については亡くなった当初から噂がありましたが、その内容は公開されてはいません。マスコミは田宮二郎さんの遺書には暴露話が書かれていると勝手に想像して記事にしていましたが、その後に明かされた遺書の内容はどのようなものだったのでしょうか?

死後38年後に遺書公開?

田宮二郎さんが亡くなってから遺書そのものは公開されてはいませんが内容については奥さんが語っています。その遺書の中で田宮二郎さんは奥さんや子供たちを愛していたこと、先にあの世に逝くことをひたすら謝っていたのだと言います。

その後は妻や長男が田宮二郎の死について告白

田宮二郎さんの自殺の原因について、遺書の中にご本人は書いていなかったようでが、傍で見ていた奥さんと長男の柴田光太郎が後に語っています。しかしお2人は田宮二郎さんが亡くなったきっかけについては違う見解を示しています。

奥さんは世間で広く噂されている「白い巨塔」について語っていました。代表的な作品ですが、内容がご都合主義で田宮二郎さんには合わず大変なストレスを抱えていたそうです。とはいえ無理な投資などでお金が必要だった田宮二郎さんは仕事を続けていました。

個人事務所の代表でもあった奥さんは何とか仕事を断る方向で画策しますが叶いませんでした。そして田宮二郎さんは限界を超えて自殺になってしまったのだと考えています。それに対して長男の柴田光太郎さんは全く違う見解を示しました。それは田宮二郎さんが薄毛に悩んでいたことです。

当時はカツラも今のような自然なものではなく、田宮二郎さんは大変に嫌がっていたそうです。そこで田宮二郎さんはロンドンで植毛をするという方法を選びましたが、今とは違い頭皮に無理やり毛を植え付けて抜けやすい髪を止めるために皮下に紐を通していたそうです。

そのため時間がたっても激しい痛みと片頭痛などに襲われていた田宮二郎さんは、元々持っていた躁鬱を激しく悪化させたと柴田光太郎さんは考えています。田宮二郎さんの自殺の本当の理由はご本人にしか分かりませんが、様々な問題を抱えていたことが分かりました。

田宮二郎の死因が他殺説も浮上

田宮二郎さんの死因として他殺説も上がっています。それは第一発見者の付き人が田宮二郎さんの自殺に疑問を持っているからです。その付き人の話によると、遺体を発見した時に傍に銃は無かったと言っています。さらに銃は奥さんが管理していて、どこにあるのか田宮二郎さんは知らなかったと聞いていたそうです。

付き人曰く自殺をするような兆候も見えなかったそうで、自分宛と言われて受け取った遺書も田宮二郎さんのサインが無かったと言います。

遺族は他殺説を否定

付き人の発言を聞いて遺族は他殺説という死因を否定しています。警察も自殺と判断しているようですので、他殺説の信憑性は低いとされています。

田宮二郎以外の今は亡き名俳優

田宮二郎さん以外にも今は亡き時代を彩った名俳優が大勢います。そんな中からピックアップしてご紹介していきましょう。

勝新太郎の俳優人生

勝新太郎さんとは1931年11月29日生まれで、 東京市深川区(現:東京都江東区)出身です。23歳の時に大映京都撮影所に所属した勝新太郎さんは、1954年に「花の白虎隊」でデビューを果たします。デビュー当時に会社は勝新太郎さんを二枚目役者として売り出そうと努力しますが、全く人気が出ませんでした。

しかし1960年に「不知火検校」で悪僧を演じたことにより勝新太郎さんは一躍注目を集めるようになります。それから勝新太郎さんは「座頭市」など荒々しい役柄を多く演じました。

三船敏郎の俳優人生

三船敏郎さんは1920年4月1日生まれで、 膠州湾租借地(現:中国山東省青島市)出身です。当初はあまりやる気がないながらも俳優を続けていた三船敏郎さんでしたが、黒澤明監督の映画に出演したことで一気に知名度が上がっていきました。

石原裕次郎の俳優人生

石原裕次郎さんは1934年12月28日生まれで、兵庫県神戸市須磨区出身です。石原裕次郎さんは小説家であったお兄さんの石原慎太郎さんが書いた「太陽の季節」が映画化される際に石原慎太郎さんの推薦で出演、これがデビューとなりました。

石原裕次郎さんは俳優業の傍らで「石原プロモーション」を設立、映画製作やドラマ制作にも着手します。石原プロモーションに所属した俳優も次々と人気を得ていきました。

田宮二郎はドラマ『白い巨塔』を遺作に他界

遺作となったのは「白い巨塔」でしたが、ラストシーンで田宮二郎さん演じる財前はガンにより亡くなっています。そのシーンを撮り終えた田宮二郎さんは死人役を上手く演じられたと大変に満足していたと言います。そして田宮二郎さんは自らも本当に死を選びました。田宮二郎さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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この記事のライター
望花
趣味は京都の面白くてマイナーな神社仏閣や観光地巡り、特技はアクセサリー作りとタロット占い、最近はビジュアル系にハマ...

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