【栃木リンチ殺人事件】犯人の生い立ちから現在!栃木県警がミスの真相も調査

栃木県で起きた「栃木リンチ殺人事件」について紹介します。被害者は犯人たちに金銭要求やリンチを受けて死亡しています、栃木リンチ殺人事件において、両親が警察に相談したときに相手にしてもらえなかったことも問題となりました。事件の経緯や警察の対応について解説します。

【栃木リンチ殺人事件】犯人の生い立ちから現在!栃木県警がミスの真相も調査のイメージ

目次

  1. 1【栃木リンチ殺人事件】とは
  2. 2栃木リンチ殺人事件の概要や経緯
  3. 3栃木リンチ殺人事件の犯人の生い立ちや行動
  4. 4栃木リンチ殺人事件の裁判や判決について
  5. 5栃木リンチ殺人事件で栃木県警がミス?
  6. 6栃木リンチ殺人事件のその後や現在
  7. 7栃木リンチ殺人事件は栃木県警のミスも問題視された事件

【栃木リンチ殺人事件】とは

「栃木リンチ殺人事件」は1999年に起きた事件です。被害者は複数の少年から拉致や監禁、恐喝や暴行を受けて亡くなっています。被害者は亡くなるまで様々な嫌がらせを受けており、多額の金銭も奪われています。事件の過程はもちろんですが、対応を怠った栃木県警のエピソードも注目しましょう。

1999年12月に栃木県で発覚した残虐な殺人事件

事件が起きた詳しい時期を確認しましょう。栃木リンチ殺人事件は1999年12月4日に栃木県で起きました。ただし、被害者は同年9月29日頃から犯人たちから金銭を奪われたり、恫喝されたりしていたのです。

被害者は最終的に何度も犯人たちからリンチを受け、12月2日に紐で首を絞められて殺害されています。また、遺体は山林に埋められてコンクリートが流し込まれているのです。しかも、殺害に使った道具や遺体を隠すためには被害者の最後の給料が使用されています。

犯人は当時19歳の少年3人と高校生1人

事件は12月4日に犯人たちの1人が自首したことから発覚します。犯人の1人は良心の呵責に耐えられなくなり、他の加害者が「15年逃げ切れば時効になる」という考えに賛同出来なかったのだとか。自首した加害者の供述から被害者の遺体が発見。同時に、他の加害者たちが逮捕されました。

犯人グループは当時19歳の少年3人と高校生1人でした。自首したのは高校生だった人物だったのです。19歳の少年たちの名前は荻原克彦、梅沢明博、村上博紀となっています。

被害者は当時19歳の須藤正和さん

被害者は当時19歳の須藤正和さんで、犯人の1人である梅沢明博の職場の同僚でした。仲の良い同僚というよりも、職場の荷物をしまうロッカーが隣同士という程度の関係だったそうです。

主犯格の犯人の家族は警察官と判明

栃木リンチ殺人事件の主犯格は荻原克彦です。梅沢明博や村上博紀の知り合いで度々金を巻き上げていたのだとか。荻原克彦の父親は警察官で、かつて県警捜査一課の外国人犯罪対策室に所属していました。

栃木リンチ殺人事件が起きたとき、父親は警察署の交通課勤務だったことも分かっています。息子である荻原克彦が揉め事を起こす度に、父親が謝りに行くというのはよくあったこととのことです。

栃木県警の対応も問題視された事件

被害者である須藤正和さんは、警察の対応次第では命が助かったという見方もあります。会社から須藤正和さんの行方が分からなくなっていると連絡を受けた両親は、栃木県警石橋警察署に捜査を依頼しました。

相談を受けた警察は「仲間たちと遊んでるだけじゃない?」とか「息子が仲間に迷惑をかけてるんでしょ」などと相手にしてくれなかったのです。両親は加害者が逮捕されるまでの間、複数の警察署に捜査を依頼しましたが、どこも取り合ってくれなかったことが分かっています。

栃木リンチ殺人事件の概要や経緯

栃木リンチ殺人事件の概要や経緯を紹介します。被害者である須藤正和さんがターゲットにされた理由や、事件が発覚するまでの部分を確認しましょう。

被害者の須藤正和さんがターゲットにされた経緯

被害者の須藤正和さんは犯人の1人の梅沢明博の同僚でした。梅沢明博は主犯格である荻原克彦に何度も恐喝されており、金銭を奪われていました。荻原克彦は自分の知り合いに暴力団関係者がいることをちらつかせていたのです。

梅沢明博は金銭要求に耐えられなくなり、代わりの人間を用意する必要性にかられました。そのときに思いついた相手が同僚の須藤正和さんだったのです。

大人しい性格だった須藤正和さんは荻原克彦らの要求を断ることが出来ず、最初に7万円巻き上げられています。その後も金銭要求は続いて、ついには車で連れ回されて、会社の寮にも戻らせてもらえなくなったのだとか。須藤正和さんは荻原克彦に完全に支配されるような状態となったのです。

被害者の両親が警察へ捜索願を提出するも対応なし?

会社から須藤正和さんの無断欠勤が続いていると連絡をもらった両親。不審に思った両親は栃木県警に捜査願を提出していますが、仲間内のトラブルとして相手にしてもらえなかったのです。

他の警察署に捜索願を再度提出するも受理されず

両親は栃木県警が対応してくれなかったことから、宇都宮東警察署、宇都宮中央警察署、黒羽警察署、栃木県警本部に捜査を願い出ています。しかし、どの警察署も同じような対応で、両親は須藤正和さんを自分たちの力で探すことを決断しました。

須藤正和さんの行方を探していた両親は、息子が日頃からいじめや金銭要求を受けていたことを突き止めて、梅沢明博と村上博紀が関係していることを知ったのです。この事実を栃木県警石橋警察署に伝えたものの、それでも警察は動いてくれませんでした。

須藤正和さんが勤めていた職場では、梅沢明博の証言を鵜呑みにしていました。そのため「須藤正和さんが嘘を言っている」と考えていたのだとか。しかし、須藤正和さんは性格が大人しくて仕事も真面目。逆に梅沢明博は社内でも有名な素行不良な人物だったことから、会社は事件に関して何か知っていたという推測もあるのです。

事件に関与した高校生が出頭し事件発覚へ

このように警察も職場も須藤正和さんの捜査に対して非協力的な状態が続いていました。その間に須藤正和さんは何度もリンチの被害にあっており、最終的に命を奪われてしまったのです。

1999年12月2日に途中から犯行に加わった高校生の少年を合わせた4人は、須藤正和さんを殺害しています。殺害される少し前から須藤正和さんは両親に金を無心する連絡を入れていました。ある日、両親が警察と話し合いをしている際に須藤正和さんから電話がかかっています。

両親は「いま友人がいるから」と警察に電話を変わってもらったところ、その人物が「石橋警察署の警察官です」と伝えてしまったことで、電話が切られてしまったのです。実はこのことが犯人たちが「自分たちが逮捕される」という気持ちにさせてしまい、須藤正和さんが殺害される原因となったのでした。

その後は少年3人を逮捕

須藤正和さんを殺害した犯人たちのうち、後から加わった高校生少年は事件発覚や良心の呵責に耐えられずに自首。少年の供述から須藤正和さんの遺体が発見されて、犯人たちが逮捕されています。

栃木リンチ殺人事件の犯人の生い立ちや行動

栃木リンチ殺人事件の犯人の生い立ちや事件における行動を紹介します。被害者に残虐行為を繰り返した犯人たちは、どういった生い立ちだったのでしょうか?

主犯格の萩原克彦の生い立ち

栃木リンチ殺人事件が起きた大きな理由は、主犯格の荻原克彦と言えるかもしれません。荻原克彦の生い立ちで分かっていることは、幼少期から乱暴でじっとしていられない子供だったということです。また、荻原克彦の父親は警察官ということも分かっています。

幼稚園のときに友達を水たまりに突き落とすなどのいじめ行為を行っており、小学生のときには近所の犬に石を投げつけたり蹴ったりしているのを近所の人が目撃しています。

中学卒業後は専門学校に進学したものの中退。その後は、とび職や土木工事の仕事をしていたそうです。どの勤務先でも態度は悪く、無断欠勤も多かったとのこと。本人の代わりに母親が職場に謝りに行くこともあったそうです。

荻原克彦は過去に恐喝で検挙されたものの、父親が現金を持って謝罪に行って示談となっています。荻原克彦の生い立ちからは、幼少期から大人になっても素行不良が治らなかったことが確認出来るでしょう。

犯人の梅沢昭博の生い立ち

主犯格の荻原克彦以外の2人のことも調査しました。被害者の須藤正和さんを巻き込むことになった梅沢明博は、栃木リンチ殺人事件の1年前に両親が離婚しています。母親が夫からDV行為を受けていたことが原因でした。夫は金遣いが荒く、離婚後も養育費を払うことはありませんでした。

梅沢明博は中学生時代はいじめを受けていたものの、明るい性格で笑顔も多いタイプだったとのこと。しかし、進学した高校でもいじめを受けていました。次第に悪い仲間たちに誘われて暴走族に加入。この暴走族で知り合ったのがもう1人の犯人となる村上博紀でした。

犯人の村上博紀の生い立ち

村上博紀は父親が会社員、母親がピアノ教室の講師という家で育ちました。村上博紀の生い立ちでは、父親が婿養子だったことで母親のほうが力関係で上だったことが分かっています。

村上博紀は作新学院に進学したものの、暴走族に加入。学校側がそのことを知り、村上博紀を退学処分としています。母親はこのことから「校正して欲しい」という考えから、村上博紀に車の免許を取得させ、200万円近い新車を与えています。

この車が栃木リンチ殺人事件の際に使われており、須藤正和さんが連れ回されることになるのです。主犯格以外の2人は荻原克彦と同じ仕事に就いて知り合うことになり、お金を要求される関係となります。主犯格である荻原克彦の生い立ちと比較すると、犯人の2人は大人になってからはある程度落ち着いていたと見られています。

栃木リンチ殺人事件で犯人達の行動が明らかに

荻原克彦に脅されていた梅沢明博と村上博紀は、自分たちの代わりとなる人物として須藤正和さんを差し出しています。栃木リンチ殺人事件において犯人たちはどういった行為に及んでいたのでしょうか?

被害者への莫大な金銭要求

栃木リンチ殺人事件の被害者である須藤正和さん。彼は殺害されるまでの間に約700万円近くを犯人たちに使われていました。その多くは須藤正和さんが職場の人や消費者金融から借りたお金だったと見られています。

須藤正和さんは最終的に親からも借金をしており、両親が不審に感じる理由にもなったのです。監視カメラには須藤正和さんがATMにお金を下ろしに行く姿も映っていたことも確認されています。

監禁や暴行など残虐な行為の繰り返し

栃木リンチ殺人事件の犯人たちは須藤正和さんを監禁し、複数回に渡る暴行を行っています。先ほどの監視カメラの映像には坊主姿になった須藤正和さんが映っており、火傷らしき痕も確認されたのだとか。火傷の原因は、犯人たちが風呂場で須藤正和さんに熱湯シャワーを浴びせていたことが原因だと言われています。

栃木リンチ殺人事件の裁判や判決について

1999年12月4日に発覚した栃木リンチ殺人事件の裁判や判決について解説します。栃木リンチ殺人事件の裁判では犯人側から信じられないような発言が出ています。また、栃木県警に対する判決も下されているので確認しましょう。

裁判で信じ難い犯人の発言とは

主犯格である荻原克彦は裁判の中で、須藤正和さんをリンチしていたときの感想を「楽しかった」と発言しています。同時に「死刑を覚悟している」としながら「須藤君の分まで長生きしたいというのが正直な気持ち」という矛盾とも取れる発言もしました。

主犯格の萩原克彦には無期懲役の判決

裁判の結果、主犯格の荻原克彦には求刑通り無期懲役の判決が下されました。荻原克彦は控訴していますが、東京高等裁判所は棄却し、その後も上告申立も期限切れとなったため、判決が確定しました。

梅沢昭博も無期懲役の判決が下る

裁判において主犯格の荻原克彦だけでなく、梅沢明博にも無期懲役の判決が下りました。栃木リンチ殺人事件では荻原克彦と梅沢明博が殺害などの中心になったという判断だったのかもしれません。

村上博紀は懲役5~10年の判決

村上博紀は懲役5年から10年の判決を受けています。2人に対して刑が軽くなったのは、須藤正和さんを殺害したときのことが関係しているのかもしれません。須藤正和さんは梅沢明博と村上博紀にネクタイで左右から引っ張られるような形で首を絞められています。しかし、村上博紀は途中で手を離してしまっています。

梅沢明博は村上博紀が持っていた部分を1人で掴んで、背後から締め上げて須藤正和さんを殺害しました。このように最終的に殺害をしたのが梅沢明博となっているため、村上博紀の刑が軽くなった可能性があるでしょう。

最初に出頭した高校生への判決は少年院送り

栃木リンチ殺人事件では、最初に自首してきて当時高校生だった少年は、情状酌量が認められて少年院送致となっています。

栃木県警にも賠償金1,100万円の処分

本事件において栃木県警の捜査怠慢も大きな問題となっていました。被害者の両親は栃木県警や加害者、その両親に損害賠償請求を民事裁判で起こしています。宇都宮地方裁判所は警察の不手際を認める判決を下したものの、東京高等裁判所は異なる見方をしたのです。

東京高等裁判所は「栃木県警の怠慢が無くても、被害者を救出出来た可能性は3割程度」と判断し、栃木県警の賠償を請求の1億5000万円に対して、約1100万円しか認めませんでした。被害者遺族は上告したものの、棄却されて賠償金1100万円の判決が確定しています。

栃木リンチ殺人事件で栃木県警がミス?

栃木リンチ殺人事件は現在も栃木県警の対応に問題があったという見方のようです。栃木県警の対応が適切であれば、須藤正和さんは殺害されなかったかもしれないという見方を紹介します。

栃木県警への問題視や批判の声

両親は最後まで息子を助けようと自分たちで捜索を行っており、栃木県警は非協力的だったことが分かっています。また、主犯格の荻原克彦の父親が県警警部だったことから、事件が大きくなるのを避けようとしたという見方もありました。

栃木県警の問題点①捜索願受理後の失態

事件当初から、両親は息子の無断欠勤を知って、警察に捜索願を出しています。しかし、捜索願を提出した際に、両親と一緒に会社の人間も付き添っていたことが分かっています。このとき捜索願の他に4通の報告書が提出され、須藤正和さんに非があるような内容だったと言われているのです。

栃木県警の問題点②被害者両親への暴言

栃木県警は相談に来た須藤正和さんの両親に対して、様々な暴言を浴びせています。「自業自得」や「お金を手に入れて遊び回っているだけでしょ」、「ドラッグでもやってるんだろ」とか「勝手な推測で動かないで欲しい」など、協力しないどころか息子の人格を否定するような発言までしていたのです。

栃木県警の問題点③被害者が生存時に電話で失態

栃木リンチ殺人事件において一番の失態と言われているのが、須藤正和さんが両親に借金をするために電話をかけたときの対応です。両親は警察に相談していることを隠して、「頼れる友人が居るから電話を変わるね」と警察に電話を変わっています。

そのとき、警察は「石橋署の警察官だ」と不用意に身分を明かしており、突然電話が切られてしまっています。警察官は「あ、切れちゃった」とあっけらかんとしており、自分の行動の危険性を全く認識していなかったのだとか。結果的に犯人たちは警察の捜索を恐れて、須藤正和さんを殺害しています。

栃木リンチ殺人事件のその後や現在

栃木リンチ殺人事件のその後や現在について調査しました。犯人たちの残虐な行いや栃木県警の不手際など、様々な問題が注目された事件です。犯人たちは現在どうしているのでしょうか?

勤務先の日産自動車からの通知で諭旨退職処分?

被害者の須藤正和さんは拉致監禁されていた最中にも関わらず、勤め先に「会社施設およびその敷地内において、窃盗、暴行、脅迫、その他これに類する行為をしたとき」という従業員就業規則で、退職金不支給の論旨退職を受けています。

栃木リンチ殺人事件が発覚してからも会社は処分を撤回せず、遺族に謝罪することも無かったのです。また、会社の従業員の中に、この処分を批判する者もいたそうですが、不当な配置転換や退職を強要されたものもいるのだとか。そのため、現在も会社は栃木リンチ殺人事件に何らかの関与があったという噂があります。

被害者の須藤正和さんの葬儀

事件後、須藤正和さんの葬儀が行われています。この際、主犯格だった荻原克彦の両親が列席しています。しかし、須藤正和さんの両親が息子の遺体を見るように勧めたものの、「具合が悪くなった」として荻原克彦の親は退席しています。

遺族はその後も栃木県警からの賠償金を受け取らず

民事裁判の判決で賠償金の支払いを命じられた栃木県警や犯人の両親たち。しかし、犯人らの両親は賠償金の支払いを拒否しています。また、栃木県警からの賠償金を被害者両親は受け取っていません。

3人の犯人達の現在

栃木リンチ殺人事件を起こした3人の犯人たちですが、現在はどのような生活を送っているのでしょうか?犯人たちの現在を調査しました。

主犯格の萩原克彦の現在は服役中の可能性大

主犯格の荻原克彦は無期懲役の判決を下されて、現在は服役中の可能性が高いです。日本の無期懲役は一生刑務所から出られないとは限らないようで、確率は低いですが出所する場合もあります。

犯人の梅沢昭博の現在も服役中の可能性大

犯人の梅沢明博は主犯格の荻原克彦と同様に無期懲役となっています。彼の場合も刑務所で服役中の可能性が高いでしょう。それぞれの生い立ちも紹介しましたが、主犯格の荻原克彦と出会わなければ、人を殺めるようなことは無かったかもしれません。

犯人の村上博紀の現在は出所?

村上博紀は懲役5年から10年の判決を下されました。栃木リンチ殺人事件が起きたのは1999年12月4日で2000年6月1日に宇都宮地方裁判所で判決が出ています。そのため、2020年現在はすでに刑務所から出所している可能性が高いでしょう。

栃木リンチ殺人事件は栃木県警のミスも問題視された事件

栃木リンチ殺人事件について解説しました。犯人による残虐な行為だけでなく、栃木県警の捜査ミスを大きな問題でした。被害者の命を救える可能性もあっただけに、警察の捜査体制の見直しは必要不可欠と言えるでしょう。

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この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

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