トーヨーボール殺人事件とは?関東連合と三田佳子の息子は繋がっていた?

2000年に起きたトーヨーボール殺人事件。被害者の少年は人違いで関東連合のメンバーにより激しい暴行を受けたのちに死亡します。この事件で三田佳子さんの次男である高橋祐也さんと関東連合の関係も注目を集めました。トーヨーボール殺人事件の概要を追ってみたいと思います。

トーヨーボール殺人事件とは?関東連合と三田佳子の息子は繋がっていた?のイメージ

目次

  1. 1トーヨーボール殺人事件とは
  2. 2トーヨーボール殺人事件の概要
  3. 3トーヨーボール殺人事件の犯人は?
  4. 4関東連合と三田佳子の息子との関係
  5. 5トーヨーボール殺人事件の判決やその後
  6. 6トーヨーボール殺人事件後で少年法改正?
  7. 7トーヨーボール殺人事件での罪は軽すぎた

トーヨーボール殺人事件とは

トーヨーボール殺人事件とは、2000年5月13日に東京都大田区池上のボーリング場で起きた殺人事件です。何の罪もない被害者の少年が、突然石元太一率いる関東連合グループに襲われ致命傷を負い、のちに死亡するという痛ましい事件でした。

被害者の少年はなぜこのような凶悪な事件に巻き込まれてしまったのでしょうか?一人の少年の命が無残にも奪われたトーヨーボール殺人事件についてまとめてみました。

ボーリング場で起きた凶悪事件

トーヨーボール殺人事件は、2000年5月13日の午前1時頃に起こりました。大田区池上にあったボーリング場”トーヨーボール池上”の駐車場で、友人らとダンスの練習に励んでいた一人の少年が突然襲われ、致命的な暴行を受け、のちに死亡が確認されます。

被害者の小笠原一也は一般人

被害者となったのは、当時18歳だった小笠原一也さんでした。犯人たちは関東連合のメンバーでしたが、小笠原一也さんは暴走族とは何の関係もない一般人だったのです。ではなぜ小笠原一也さんが犯人グループに襲われなければならなかったのでしょうか?

人違いで襲われる

実は小笠原一也さんが襲われたのは単なる人違いだったことが判明しています。小笠原一也さんが襲われた当時、関東連合と狂走連盟が抗争中だったのですが、小笠原一也さんは狂走連盟のメンバーと人違いされて襲われたのでした。

トーヨーボール殺人事件とは、人違いで何の罪もない少年が殺害されてしまった凄惨な事件なのです。

関東連合所属メンバーが犯人

小笠原一也さんを殺害した犯人らは、関東連合に所属していたメンバーでした。関東連合とは、東京を中心に活動していた暴走族が集まり、連合体となったもの。1973年に結成され、2003年頃に解散したと思われていましたが、その後六本木などで発生した事件の関係者として度々名前が上がっているのです。

トーヨーボール殺人事件には関東連合のメンバー20人ほどが関わったとされていますが、当時犯人らが未成年だったことから石元太一の名前だけが公表されることとなりました。

三田佳子の車が犯行で使用

小笠原一也さんが殺害されたトーヨーボール殺人事件では、犯人らが乗っていた車にも注目が集まりました。犯人らが小笠原一也さんを襲った際に乗っていた車というのが、女優の三田佳子さんの所有する車だったのです。

三田佳子さんの所有する車が犯行に使用されていたと判明したことで、トーヨーボール殺人事件はニュースやワイドショーで連日大きく報道されることとなりました。

三田佳子さんには元NHKプロデューサー高橋康夫氏との間に2人の息子がいるのですが、次男の高橋裕也さんは何度も覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕されています。

トーヨーボール殺人事件に三田佳子さんの所有車が使用されていたという報道が流れると、次男の高橋祐也さんが関係しているのではという噂が広がったのです。この報道を受け、三田佳子さんは夫と共に会見を開き「車は何者かに持ち出された」「次男と事件について一切関わりはありません、信じてください」などと涙ながらに訴えました。

トーヨーボール殺人事件の概要

トーヨーボール殺人事件は今から19年前の2000年に起こりました。石元太一率いる関東連合のメンバーに人違いされ襲われた被害者の小笠原一也さん。

犯人らが使用していた車は女優の三田佳子さん名義だったことも発覚し、大きなニュースとして取り上げられてました。凄惨な事件であるトーヨーボール殺人事件の概要を詳しく追ってみたいと思います。

関東連合が少年を襲撃

2000年5月13日の午前1時頃、大田区池上3丁目にあるボーリング場”トーヨーボール池上”の駐車場にて、友人らとダンスの練習をしていた小笠原一也さんが、突然関東連合のメンバーに襲われたのです。被害者の小笠原一也さんは暴走族とは何の関係もない寿司職人見習いの少年でした。

石元太一率いる関東連合のメンバー20人は、それぞれが乗車していた複数の車と単車で駐車場に集まり、ダンスの練習をしていた小笠原一也さんらを突如襲撃します。

少年を拉致し更に暴行悪化

突如襲撃された被害者の少年らは、血だらけになりながらも車に乗り込み必死でその場から逃げ出しますが、小笠原一也さんは焦って車の操作を誤り、ガードレールに乗り上げてしまったのです。そして犯人らは逃げ遅れた小笠原一也さんの車に群がり、金属バットでガラスを破壊して、小笠原一也さんを引きずり出しました。

小笠原一也さんはガードレールにしがみ付き「勘弁して下さい」と叫ぶも、犯人らは効く耳を持たず、金属バットや凶器で激しい暴行を加えたのです。

石元太一らによる殴る蹴るの暴行はおよそ1時間に及んだといいます。そして被害者の後頭部をマグライトで殴打し、石元太一が乗車してきた車に押し込みました。そして被害者の少年を、世田谷区の”世田谷市場”にある空き地に拉致するのです。

石元太一らはその空き地で、被害者に対して更に殴る蹴るの暴行を加え、凶器で顔面を殴打し、エアガンの乱射を行いました。また被害者の頭をライターで焼いたり、舌を切るなどの惨悽なリンチを繰り返したのです。

瀕死の少年を看護婦寮に放置

一時間に渡り暴行を加えられた被害者の少年は、無残な姿に変わり果て動かなくなりました。瀕死の状態の少年を石元太一らは再び車に押し込み、狛江市にある東京慈恵医科大学の看護師寮前に放置したのです。

逃げ出した犯人らに放置された被害者の少年は、全身アザだらけになり、頭はボールのように腫れ上がり、舌は半分ちぎれた状態だったといいます。

タクシー運転手が少年を発見

石元太一らに置き去りにされた少年は、偶然通りかかったタクシー運転手によって発見されました。その後少年はすぐに救急車で杏林大学病院に搬送されます。

脳挫傷で少年が死亡

病院に運び込まれた少年ですが、その後死亡が確認されました。被害者の少年は病院前に放置されている時に大きないびきをかいていたようですが、このいびきは脳挫傷の症状の一つなのだそう。少年は脳挫傷とくも膜下出血が原因となり、命を落としてしまったのです。

トーヨーボール殺人事件の犯人は?

被害者の少年が人違いで無残に殺害されたトーヨーボール殺人事件ですが、トーヨーボール殺人事件の犯人らは関東連合のメンバーでした。

トーヨーボール殺人事件には、関東連合のメンバー20人ほどが関わっていたとされていますが、ここからは主犯格と言われている3人の詳細をみていきたいと思います。

犯人①石元太一

トーヨーボール殺人事件の主犯格であり首謀者とされているのが石元太一です。トーヨーボール殺人事件に関わったとされる犯人らは皆未成年だったため実名の公表は控えられており、実際にメディアに公表された犯人の名は石元太一だけでした。

石元太一は、関東連合の中の一つである「千歳台ブラックエンペラー」の総長も務めていたことがあり、関東連合の中でも強い立場にいたとされています。

石元太一はトーヨーボール殺人事件のその後、自伝「不良録」などでこの事件について”人生最大の過ち”と語っています。しかし人違いだったことについては認めておらず、被害者の小笠原一也さんのことを狂走連盟のメンバーと述べているのです。

またトーヨーボール殺人事件の襲撃現場について”入り乱れての乱闘”と語っており、一方的な被害者だったはずの少年もやり返してきたかのような供述をしています。石元太一は被害者を殺害してしまったことを認めながらも一部ではウソの供述もしているのです。

後輩に口裏合わせをしていた?

石元太一は警察に逮捕される前には、後輩と口裏を合わせていたとも言われています。トーヨーボール殺人事件の襲撃現場には石元太一よりも先輩の人物がいたようなのですが、後輩に「先輩の名前は一切出すな。そんな奴は見ていない、知らないと言え」とウソの供述をするように裏工作していたのです。

市川海老蔵事件にも関与

トーヨーボール殺人事件の主犯格である石元太一は、2010年11月25日に起きた市川海老蔵事件にも関与していると言われています。市川海老蔵事件とは、西麻布にあるバルビゾン27の11階にあるBar「マーキス」で発生しました。

その日友人らとお酒を飲んでいた市川海老蔵さんは、友人らが帰った後も一人でお酒を飲み続け、かなり酔った状態でした。そこにたまたま来ていた石元太一らと話が弾み、一緒に飲み始めた市川海老蔵さんですが、酒癖が悪い市川海老蔵さんが石元太一らに絡み始めたのが事件の発端だったといいます。

週刊誌などの報道によると、酔った市川海老蔵さんが下を向いていた石元太一の髪の毛を掴み「おい、寝るんじゃない。大丈夫か」と言いながら、灰皿に注いだテキーラを飲ませようとしたそう。

そして頭からお酒をかけたところで、それを見ていた石元太一の仲間の伊藤リオンがキレて市川海老蔵さんを殴り倒し、リンチしたのです。市川海老蔵さんは全治6か月の重傷を負い、怪我を負わせた伊藤リオンは逮捕されました。

総合格闘技のジム設立

石元太一は市川海老蔵事件から1年2か月後には総合格闘技ジム「EXCITING GYM SOUL MATE ALLIANCE」をオープンさせています。このジムは関東連合の先輩である見立真一が出資金を出し、石元太一は雇われ店長として勤務していたようです。

出資金を出した見立真一は、2012年9月に起きた「六本木襲撃事件」の主犯格として指名手配されていましたが、事件後すぐに国外逃亡しており、現在は東南アジアに潜伏していると言われています。現在も国際指名手配となったままなのです。

住吉会で破門に?

石元太一が所属していたのは住吉会系の青田会と言われています。青田会は武闘派のトップ集団で、会長は住吉会の理事長でした。しかし石元太一は”関東所払い”という処分を受けて住吉会を破門となっているのです。

しかしこれは表向きの破門であり、その後自伝を出版したり、芸能界デビューを考えていた石元太一の裏工作だったとも考えられています。

犯人②伊藤リオン

トーヨーボール殺人事件の主犯格には、その後市川海老蔵事件で逮捕される伊藤リオンの名前も上がっているのです。伊藤リオンは関東連合のメンバーの中でも特にケンカが強いと言われていた人物で、”狂犬”との異名も付けられていたそう。

黒人とのハーフだったため、腕力は日本人とは比べものにならないほどだったといい、トーヨーボール殺人事件では被害者の少年に対しての暴行に加わっていたとされています。

市川海老蔵事件の主犯

伊藤リオンは2010年に起きた市川海老蔵事件の主犯として逮捕されています。伊藤リオンは市川海老蔵さんが謝っても暴行を辞めず、頬骨を陥没骨折させ、前歯が欠け、左目に内出血が残るほどの重症を負わせました。

賠償金を唯一払う

伊藤リオンは、トーヨーボール殺人事件で唯一被害者の家族に対して賠償金を支払った人物でもあります。

犯人らの中で伊藤リオンだけは「取り返しのつかないことをした」「夢に何度も出てくる」と被害者の父親に話していたそうで、被害者の父親も「彼は悪だが、芯から悪い人間じゃないと思います」と語っているのです。

犯人③柴田大輔

トーヨーボール殺人事件のもう一人の主犯格は、柴田大輔です。柴田大輔はトーヨーボール殺人事件に関わったとして逮捕されましたが、トーヨーボール殺人事件には関与していないと主張しているのです。

柴田大輔もまたトーヨーボール殺人事件のその後、著書「聖域」を出版しているのですが、この著書の中で、トーヨーボール殺人事件の襲撃直前まで犯人グループと一緒にいたことを認めていますが、犯行には参加していないと主張しています。

関東連合の中心人物

柴田大輔はトーヨーボール殺人事件が起きた当時、関東連合の中心人物の一人だったと言われています。

関東連合と三田佳子の息子との関係

トーヨーボール殺人事件では犯行に使われた車が三田佳子さん名義の車だったということが判明していますが、なぜ三田佳子さんの車が使われていたのでしょうか?

トーヨーボール殺人事件に三田佳子さんの車が使われた理由は、三田佳子さんの次男である高橋祐也さんと関東連合との繋がりがあったという噂があります。三田佳子さんの次男の高橋祐也さんとトーヨーボール殺人事件の関係について調べてみました。

高橋祐也とは

高橋祐也さんは、女優三田佳子さんの次男として生まれます。高橋祐也さんは高校在学中の1998年1月7日に覚せい剤取締法の容疑で逮捕されました。この事件により、母親の三田佳子さんは10か月の活動自粛を余儀なくされます。

更生を誓った高橋祐也さんでしたが、2000年10月には2度目の逮捕、2007年11月には3度目の逮捕、2018年9月10日には4度目の逮捕をされています。

犯行の際に車を貸す

トーヨーボール殺人事件では、三田佳子さん名義の車が使用されていたことが話題となり、次男の高橋祐也さんの関与が噂されたのですが、この報道を受け三田佳子さんは「車は何者かに持ち出された」と高橋祐也さんの関与を否定しました。

しかし関東連合のメンバーの一人が「車は高橋祐也から借りた」と供述していたことが分かり、その後の警察の調べで、供述通り高橋祐也さんが貸していたことが判明したのです。

覚せい剤を譲渡する疑惑も

トーヨーボール殺人事件では関東連合グループに車を貸していたことが判明した高橋祐也さんですが、高橋祐也さんは覚せい剤取締法違反の容疑で何度も逮捕されている覚せい剤の常習犯として有名です。

トーヨーボール殺人事件では関東連合のメンバーに車を貸すような関係だった高橋祐也さんは、関東連合のメンバーに覚せい剤の譲渡も行っていたのではないかという疑惑も持たれています。

覚せい剤パーティーでも関係が?

高橋祐也さんはトーヨーボール殺人事件の5か月後に自宅の地下室で覚せい剤パーティーをしていたとして逮捕されています。

覚せい剤パーティーに参加していたとされる高橋祐也さんの友人の17歳から20歳の男女計4人は、関東連合と関わりがあった人物なのではないかという噂もあるのです。

トーヨーボール殺人事件の判決やその後

トーヨーボール殺人事件が起きたのは2000年5月13日のことでしたが、逮捕された犯人らはその後どのような判決を受けているのでしょうか?また判決後の犯人らは現在どうなっているのでしょうか?トーヨーボール殺人事件のその後をまとめてみました。

石元太一は特別少年院へ

トーヨーボール殺人事件の首謀者であり主犯格の石元太一は、逮捕されたのち特別少年院に収容されることとなりました。

収容期間は2年

トーヨーボール殺人事件を起こした当時、石元太一は未成年だったため、凶悪な殺人を犯したにも関わらずわずか2年という収容期間で外の生活に戻っています。

同じくトーヨーボール殺人事件の主犯格として逮捕された伊藤リオンや柴田大輔も同様に、たった2年ほどで少年院を出てきているのです。

未成年の犯人は判決が軽い

日本には少年法という法律があるため、未成年者が殺人事件を犯しても処分が軽いのが現状なのです。

トーヨーボール殺人事件のような凄惨な事件を起こしたとしても未成年者は少年法に守られており、実名の報道が控えられたり、実刑判決がとても軽いものとなったりしています。

小笠原一也の友人が自殺

トーヨーボール殺人事件のその後、もう一つの悲しい出来事が起こっていました。トーヨーボール殺人事件の被害者である小笠原一也さんの友人だった少女が、トーヨーボール殺人事件に大きなショックを受け、その後自殺してしまいます。

小笠原一也さんの友人だった少女は、トーヨーボール殺人事件のおよそ1年後の2011年7月30日に、オーストリアのウィーンで精神分裂症の男と共にドナウ川に身を投げたのです。

少女はトーヨーボール殺人事件のその後精神状態が悪くなり、知人には「私は19歳で死ぬ」と宣言していたのだとか。

そして彼女がドナウ川に身を投げたのは実際に19歳の時でした。この出来事は作家の大崎善生氏の目に留まり、ノンフィクション小説「ドナウよ、静かに流れよ」の題材になっています。

事件現場の現在

トーヨーボール殺人事件が起きたのは大田区池上にある”トーヨーボール池上”の駐車場だったのですが、トーヨーボール殺人事件の影響で、その後2008年に閉鎖となりました。現在トーヨーボール跡地は、パチンコ屋さんになっているようです。

トーヨーボール殺人事件の犯人の現在

トーヨーボール殺人事件の主犯格と言われている3人は、トーヨーボール殺人事件を起こした当時未成年だったためわずか2年という短い期間で少年院を出ています。

現在はトーヨーボール殺人事件から19年が経っていますが、犯人らはどのように過ごしているのでしょうか?トーヨーボール殺人事件から19年が経った現在の犯人らについて調べてみました。

犯人の現在①石元太一

トーヨーボール殺人事件の主犯格だった石元太一は、2012年に六本木で起きた襲撃事件の首謀者として逮捕され、懲役12年が確定しています。

この「六本木襲撃事件」でも石元太一は人違いで何の関係もない被害者の命を奪ったと言われており、トーヨーボール殺人事件に続く人違いでの殺人となりました。現在も服役中の石元太一ですが、2023年に出所予定となっています。

犯人の現在②伊藤リオン

トーヨーボール殺人事件の主犯格の一人である伊藤リオンは、2010年11月に起きた”市川海老蔵事件”で逮捕され服役していましたが、出所し暴力団の構成員となりました。

しかしその後伊藤リオンは所属していた暴力団を破門されるのですが、市川海老蔵事件において先輩の石元太一のために体を張り懲役に行ったという解釈をされていたようで、その際にはシノギが用意されていたとも言われています。

犯人の現在③柴田大輔

トーヨーボール殺人事件の主犯格の一人である柴田大輔は、トーヨーボール殺人事件のその後の2013年に関東連合がこれまでに関与した事件の内情を明らかにした「いびつな絆 関東連合の真実」を出版し、話題となりました。

柴田大輔は関東連合の内部を暴露したことにより狙われ、警察の保護対象となったのです。また2018年には「聖域 関東連合の金脈とVIPコネクション」を発売し、累計30万部を売り上げています。

トーヨーボール殺人事件後で少年法改正?

トーヨーボール殺人事件では犯人らが未成年だったことにより、軽い刑を受けただけで犯人らは元の生活に戻っているのです。トーヨーボール殺人事件が起きた際には、このような凶悪な殺人を犯しても未成年というだけで守られる少年法への疑問の声が多く上がりました。

トーヨーボール殺人事件をきっかけに少年法の改正を訴える声が相次ぎ、結果として厳罰化することに繋がったのです。

少年法とは?

少年法は1948年に制定されました。20歳未満の人が事件を起こしても刑事処分の対象にはならず、死刑制度も適用されないなど、多くの差別が設けられています。

少年法には罪を犯しても更生する余地を与えるためという目的がありますが、トーヨーボール殺人事件のような凄惨な事件が起こる現代では、法の改正が必要なのではないかという声も多く上がったのです。

少年法の内容が厳罰化

トーヨーボール殺人事件をきっかけに少年法の改正が行われました。少年法が改正されたのは、2000年、2007年、2014年です。それぞれの年で厳罰化が進み、現在は刑事処分の対象は14歳以上、少年院送致の年齢を12歳以上、有期懲役の上限を20年に改正しています。

1年早ければ関東連合が壊滅?

少年法が改正されたのはトーヨーボール殺人事件が起きたのと同じ2000年でしたが、1年早く改正されていれば、犯人らにはもっと重い刑罰が下り、関東連合は壊滅していたのかもしれません。

トーヨーボール殺人事件での罪は軽すぎた

トーヨーボール殺人事件についてまとめてみました。トーヨーボール殺人事件の犯人らは、少年法の適用により短すぎる刑期で出所しています。このような凄惨な事件が二度と起きないことを願うばかりです。

関連するまとめ

Missing
この記事のライター
vivichan0430

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ