奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件とは?丘崎誠人の生い立ちが壮絶!

奈良県月ヶ瀬村で発生した女子中学生殺人事件。被害者の浦久保充代さんを殺害したのは、この月ヶ瀬村の中で「村八分」つまり差別をうけていた丘崎誠人なる人物でした。今回はこの奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件についてまとめました。

奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件とは?丘崎誠人の生い立ちが壮絶!のイメージ

目次

  1. 1月ヶ瀬村女子中学生殺人事件とは
  2. 2犯人・丘崎誠人の生い立ちは?
  3. 3月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の概要
  4. 4月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の動機
  5. 5月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の判決とその後
  6. 6月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の原因は「差別」にあった

月ヶ瀬村女子中学生殺人事件とは

奈良県月ヶ瀬村で起きた殺人事件

「月ヶ瀬村女子中学生殺人事件」とは、1997年5月4日に奈良県添上郡月ヶ瀬村(現在は奈良市月ヶ瀬)で発生した殺人事件です。何処にでも有るような自然に囲まれた地方の寒村で、突如として発生した殺人事件の裏には、日本の社会文化に未だ根強く残り続けている「差別」の問題がリンクしていたのです。

帰宅途中の女子中学生が殺害される

この月ヶ瀬村殺人事件の被害者である女子中学生「浦久保充代」さん(当時13歳)は、学校で行われた卓球大会からの帰宅途中に行方不明となりました。村民・警察らによって捜索が行われたのですが、そこで浦久保充代さんのモノと見られる遺留物が発見され、浦久保充代さんは何らかの事件に巻き込まれた可能性が高まります。

警察は引き続きその後も捜査を行い、同年7月23日に月ヶ瀬村に住む当時25歳だった男を略取誘拐の容疑で逮捕。取り調べを行う中で浦久保充代さんの殺害も認めたため、警察は殺害容疑に切り替えて再逮捕。こうして事件は発生から約3ヶ月ほどで解決を迎える事に成りました。

犯人・丘崎誠人の生い立ちは?

この奈良県月ヶ瀬村殺人事件の犯人として逮捕されたのは、同じく月ヶ瀬村に住む当時25歳の「丘崎誠人」でした。この丘崎誠人の生い立ちは「壮絶」の一言に尽きるモノであり、この事件はその生い立ちによって生み出された事件と言っても過言ではありません。では、そんな丘崎誠人の生い立ちをここで振り返ってみましょう。

丘崎誠人の両親は朝鮮人と日本人のハーフ

土木関係の仕事に従事する両親の元に産まれた丘崎誠人は5人兄弟の下から2番目で、上には姉が3人、下には妹が1人の合計7人家族の長男坊。そんな丘崎誠人の両親は共に日本人と朝鮮人のハーフでした。この「両親の出自」と「月ヶ瀬村に住んでいた」という事が、その後の丘崎誠人の人生に大きな影を落とす事に成ります。

「村八分」だった丘崎家

月ヶ瀬村で丘崎家は「村八分」の状態でした。この「村八分」という言葉、実は現在放送禁止用語と成っている言葉であり、本来ならば別の表現を用いるべきなのですが、丘崎家が受けていたのは文字通りの「村八分」行為で有るため、この記事の中では敢えて「村八分」という表現を使用させて頂きます。

この「村八分」とは差別行為を表した言葉で、ある地域に住む多数の者が結束して、特定の一人又は数人に対し将来一切の交際を断つことを指します。葬儀と火災の2つの事項については周囲の者に被害が及ぶ関係も有るため関わりを持つが、それ以外は関わりを持たないというのが村八分。つまり「10-2=8」という訳ですね。

丘崎家はこの月ヶ瀬村で村八分の差別を受けていたのです。その理由は彼等が日本人と朝鮮人のハーフだった事と、月ヶ瀬村の人々はお茶農家を営む人が殆どで、異なる業種に就く者がほぼ居なかった事、そして「2人の紹介者が居ない場合コミュニティには参加させない」という月ヶ瀬村の特殊な制度によるモノでした。

これによって丘崎家は月ヶ瀬村で暮らしているにも関わらず、村民から差別的に扱われてきたのです。勿論彼等丘崎家の人々が何か迷惑を掛けた訳でもなく、只々一方的に月ヶ瀬村の村人達が彼等丘崎家の人々に対して差別的な扱いをしてきたという事に成ります。

故に月ヶ瀬村内で何らかの事件があれば、真っ先に疑われるのが丘崎家の人々でした。彼等は謂れのない差別によって常に屈辱的な日々を送り続けてきたのです。この日本でその様な差別が行われている事自体信じられないという方も多いかと思いますが、2019年と成った現在でもこうした差別は存在しているのです。

この奈良県月ヶ瀬村殺人事件が発生したのは1997年ですので、逆算しても僅か22年前に起きた出来事という事に成ります。この様な前時代的な差別行為が当たり前の様に行われていたという事には、日本社会の大きな闇を見た様な気がして成りません。

物置小屋のような家に住んでいた

そんな丘崎家が月ヶ瀬村で住んでいたのは、まるで物置小屋のような非常に粗末な建物でした。林の中にぽつんと寂しく建つその小屋には風呂もトイレもついていなかったそうです。恐らくはこの月ヶ瀬村というコミュニティの中では、彼等はこの「物置小屋のような家」以外のまともな家に住む事が出来なかった訳です。

これは賃料云々という事ではなく先程の「村八分」によるもので、つまり彼等に家や土地を貸す者自体がこの月ヶ瀬村には存在しないのです。それが「村八分」という差別であり、彼等はこのボロ屋にしか住まう事が許されていなかったというのが現実なのです。

不登校になり家庭内暴力も

丘崎誠人もそうした環境でいつしか闇を抱え、中学2年からは不登校と成りました。彼は学校でも友達が出来る事はなく常に1人で、教師からも村八分を理由に体罰を受けていたそうです。

そんな彼の卒業証書は、まるでパンを届けさせるかのような扱いで担任がクラスメートに届けさせたそうです。悔しさの余り丘崎誠人はその卒業証書を燃やし、謂れのない差別に涙を流しました。その辺りから彼は親に対しても暴言を浴びせる様に成っていったと言われています。

仕事が長続きしない現実

中学卒業後早々に村を出た丘崎誠人でしたが、彼は何の仕事に就いても長続きせず、その後暫くの間仕事と住居を転々とする暮らしを送る事と成ります。その間専門学校にも通いましたが結局卒業すること無く辞めてしまったりと、丘崎誠人には一つのことに腰を据えて取り組むことが出来ない、そんな弱さがあった様ですね。

そうした生活を約1年ほど送り続けた丘崎誠人は、挫折する形で月ヶ瀬村の家族のもとに戻ってきます。その後左官工事業を営む親戚の元に修行に出た丘崎誠人ですが、そこでも遅刻や言い訳・反発の連続で結局挫折。その後は仕事もせずにゲームに明け暮れる様な毎日を送るように成って行ったのです。

月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の概要

月ヶ瀬村で行われていた丘崎家に対する不当な村八分行為。その差別行為により屈折した人格が形成されてしまった丘崎誠人。彼の中に溜まった鬱憤がある出来事をきっかけに痛ましい事件を引き起こしてしまいます。

果たして彼が浦久保充代さんを殺害した理由は一体何だったのでしょうか?ここからは「奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件」の概要を振り返って行きたいと思います。

奈良県月ヶ瀬村に住む浦久保充代さんが行方不明に

1997年5月4日の午後、奈良県添上郡月ヶ瀬村(現在は奈良市月ヶ瀬)にて、月ヶ瀬村に住む当時13歳の中学2年生「浦久保充代さん」が、学校で行われていた卓球大会からの帰宅途中に行方不明となりました。

月ヶ瀬村の村民や警察が通学路周辺を捜査

帰宅の遅い浦久保充代さんを心配し、家族が進学路などの捜索を開始。それと共に警察へも捜索届を提出しています。やがて話を聞きつけた村民らも捜索に参加し、大掛かりな捜索活動が開始されました。

自宅付近で被害者である浦久保充代さんのスニーカーを発見

やがて警察も現場に到着し付近の捜査を開始。すると自宅近くの県道で浦久保充代さんの物と見られるスニーカーを発見。しかもスニーカーの発見現場にはタイヤ痕が残されており、直ぐ側のガードレールには血痕が付着していました。

血痕がついた衣類が発見された事で自体はより深刻に

更に今度は近くの公衆トイレから浦久保充代さんのモノと見られる衣類が発見されています。公衆トイレで発見された衣類は「切り裂かれたジャージ」そして「血痕が付着したダウンベスト」でした。衣類に血痕が付着していた状況から考えても、事態がかなり深刻である事は間違いない状態でした。

未成年者略取の疑いで丘崎誠人を逮捕

警察と村民らの必死の捜査が行われたものの、残念ながら浦久保充代さんの発見には至らず。その後警察はひき逃げや事件に巻き込まれた可能性があるとして捜索を開始。地道な聞き込み調査を行っていく中で、遂に丘崎誠人の存在が浮上します。

丘崎誠人は当時三菱ストラーダという四輪駆動車を乗り回していたのですが、事件後にその自動車を売りに出していた事が判明。

調べた結果後部座席から被害者の血液やDNAが発見され、ジャージから発見されたタイヤ痕もこの車のものと一致。そして事件発生から3ヶ月近くが経った1997年7月25日、警察は丘崎誠人を略取誘拐の容疑で逮捕しました。

物的証拠により犯行を認める

丘崎誠人は逮捕直後は犯行を否認していたものの、上記の物的証拠を示すと犯行を認め、犯行についての自供を始めたそうです。

供述により浦久保充代さんが発見される

丘崎誠人は浦久保充代さんの首を絞めた上で石で撲殺。遺体を三重県御斉峠付近で捨てたと供述。その供述によって警察が付近を捜索したところ、浦久保充代さんの遺体が発見されました。

丘崎誠人はマスコミからインタビューを受けていた⁉

奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件は、マスコミによって大々的に報道が行われた事件でした。浦久保充代さんが失踪した直後からマスコミが月ヶ瀬村を訪れ、関係者や月ヶ瀬村の住人にインタビューを行っていたのですが、何とそのインタビューに犯人である丘崎誠人も参加していたのだそうです。

何食わぬ顔でマスコミからインタビューを受けていた丘崎誠人ですが、果たして彼はその時一体何を考えていたのでしょうか?

月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の動機

奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の犯人として逮捕された丘崎誠人。彼が被害者である浦久保充代さんを殺害した動機は一体何だったのでしょう?ここでは丘崎誠人が事件を引き起こした動機について迫ってみたいと思います。

動機は月ヶ瀬村で行われていた差別

事件当日、帰宅途中の浦久保充代さんをたまたま見つけた丘崎誠人は彼女に「家に送ってあげる」と声を掛けました。しかし彼女はそんな丘崎誠人を無視。それが彼のこれまでの恨みに火を点けてしまうことに成りました。

丘崎誠人は歩いていた浦久保充代さんを背後から車で轢き、ぐったりした彼女を車に乗せてそのまま公衆トイレへと連れ込むと、首を締めて最後は石で撲殺しています。丘崎誠人は公衆トイレで浦久保充代さんにイタズラするつもりだったと供述しています。

殺害に至った経緯については非常に衝動的ではありますが、元々は月ヶ瀬村で行われていた差別が犯行の動機と成った事は明白です。長年に渡り集落全体から言われもない差別を受けてきた彼は、月ヶ瀬村の村民全てを恨んでいました。

その恨みが浦久保充代さんに無視された瞬間に、一気に爆発してしまったのでしょう。また彼は仕事が続かない事なども差別のせいにしていた節があり、何もかも差別のせいにして全てをぶち壊してやりたかったのかも知れません。

月ヶ瀬村の「与力制度」が村八分という差別を作り出した

先程も簡単に申し上げましたが、月ヶ瀬村には地元民2名の推薦がなければコミュニティに参加する事が出来ないという「与力制度」が存在していました。この与力制度で村に収める負担金や家の格付けなどが行われているのですが、この与力制度こそが村八分という差別を作り出している元凶なのです。

村全体が1つの家庭と付き合いをしないという事を「通告する」この村八分ですが、実は刑事罰に触れる行為であると判断されています。にも関わらず未だこの様な悪しき風習に従ってコミュニティ運営を行っている地域が、少なからず存在しているのもまた事実なのです。

事ある毎に疑われ続けていた丘崎誠人

月ヶ瀬村では何かがあると決まってこれら村八分の者が真っ先に疑われていました。丘崎誠人も事ある毎に疑いを掛けられ、言われもない差別を長年に渡り受け続けてきたのです。

女子中学生殺害に関しては何ら同情の余地もありませんが、こうした言われもない差別を受けてきたという事については、同情せざるを得ないといったところでは無いでしょうか?

月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の判決とその後

最後に月ヶ瀬村中学生殺人事件の判決とその後についてご紹介致します。殺害容疑によって逮捕された丘崎誠人に下された判決は?そして現在の丘崎誠人と月ヶ瀬村の住人たちは?

丘崎誠人の供述で差別の実状が明らかに

丘崎誠人の供述によって、月ヶ瀬村で行われていた差別の実状が次々と明らかに成りました。それによって多少世間の風向きにも変化が見られたと言います。無論殺害行為自体は到底許される物ではありませんが、そもそも差別自体が無ければこの殺害事件も発生していなかったのでは無いでしょうか?

丘崎誠人には無期懲役の判決が下された

丘崎誠人には第一審で懲役18年の判決が言い渡されたものの、これを不服とした検察側が控訴。続いて開かれた第二審では一審の判決が棄却され、丘崎誠人には無期懲役の刑が言い渡されています。弁護側は上告を薦めたものの彼は取り下げを希望し、これによって刑が確定と成りました。

丘崎誠人は服役中に首吊り自殺

大分刑務所で服役生活を送る事と成った丘崎誠人でしたが、判決が下された翌年の2001年に刑務所内で首を吊って自殺しています。遺書もなく、自殺の理由は現在も不明のまま。

奈良市との合併で現在月ヶ瀬村は消滅している

事件現場と成った月ヶ瀬村ですが、奈良市との合併によって現在「村」としての存在は消滅しています。しかしながら地域独自のしきたりやコミュニティ制度自体は残っているモノと考えられます。これだけ先進国と成った日本ではありますが、未だ地方のコミュニティではこうした閉鎖的な環境が根強く残されているのです。

月ヶ瀬村女子中学生殺人事件の原因は「差別」にあった

今回は月ヶ瀬村女子中学生殺人事件についてまとめてみました。この事件の原因は「差別」に有ったことは明確です。不当な差別行為がこうした惨劇を招いたのではないでしょうか?殺害された被害者は気の毒ですが、こうした事件を繰り返さないためにも、悪しき風習は改善する必要があると、そう考えさせられる事件でした。

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Windy編集部

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