【東京医科大学理事長】臼井正彦の経歴や学歴は?眼科の権威まとめ

医学部の不正入試に関与したとしてニュースで大きく取り上げられた東京医科大学理事長の臼井正彦さんは、「眼科界の最高権威者」として業界でかなり権力を握っていると噂されています。今回はそんな臼井正彦さんの学歴や経歴、妻や息子たちの経歴についても調査してみました。

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目次

  1. 1【東京医科大学理事長】臼井正彦とは
  2. 2臼井正彦の経歴
  3. 3臼井正彦の学歴
  4. 4臼井正彦の眼科の権威
  5. 5臼井正彦の息子など家族について
  6. 6臼井正彦は東京医科大学一筋の経歴を持つ元理事長

【東京医科大学理事長】臼井正彦とは

東京医科大学卒の眼科医であり、現在は東京医科大学の理事長を務めている臼井正彦さんは、「東京医科大学一筋」の経歴を持つことでも有名です。今回はそんな臼井正彦さんの学歴や経歴、妻や息子などの家族関係についても詳しく調査してみました。

臼井正彦のプロフィール

・愛称:不明
・本名:臼井正彦
・生年月日:1941年生まれ
・年齢:78歳(2019年6月現在)
・出身地:静岡県
・血液型:不明
・身長:不明
・体重:不明
・活動内容:東京医科大学理事長、日本眼科学会元理事長、眼科医
・所属グループ:なし
・事務所:なし
・家族構成:妻、息子、娘

臼井正彦の経歴

東京医科大学卒の眼科医として活躍している臼井正彦さんは、幅広い経歴を持つことでも有名です。次からは、臼井正彦さんの経歴や自身が出版した書籍についてご紹介します。

臼井正彦は東京医科大学一筋の経歴

臼井正彦さんは前述した通り東京医科大学卒の眼科医であり、その後も出身校である東京医科大学で眼科医として勤務した後、講師や教授、最終的には理事長を務めた経歴がある「東京医科大学一筋」の経歴を持つことでも有名です。

医師は大学を卒業後は医局に入局し、沢山の病院を飛び回ることが多い中、臼井正彦さんは他の病院へは行かずに東京医科大学一筋で経験を積んできたという、業界ではかなり珍しい存在です。医局に入局した当時から、エリートコースを歩んでこられたことがわかります。

東京医科大学理事長就任までの経歴

臼井正彦さんは1966年に医師として東京医科大学に就職し、1971年まで東京医科大学で勤務しています。その後は海外留学を経て、1973年には東京医科大学に復職。1987年まで眼科医として勤務しつつ、教授にまで昇進しています。

さらに臼井正彦さんは2003年には東京医科大学の学長、最終的に2013年には理事長に就任しています。臼井正彦さんが東京医科大学で眼科医になった経緯や、東京医科大学理事長に就任するまでの経歴について、次から年代別に分けて詳しくご紹介します。

経歴①1966~1971年

臼井正彦さんは東京医科大学の医学部で学び、1966年に医師免許を取得しています。ちなみに臼井正彦さんはペリーが来航したことで知られる下田出身で、元々は外交官を目指していたそうですが、成績が優秀だったことから周りに医学部受験を勧められたそうです。

そして東京医科大学を卒業した臼井正彦さんは、そのまま東京医科大学の大学院に進学し、1970年に医学博士号を取得。翌年1971年には東京医科大学眼科医として眼科コースの助手となりました。

経歴②1973~1987年

東京医科大学の大学院卒業後にそのまま大学に残り、助手となったエリートの臼井正彦さんは、1973年には眼科コースの講師に昇進します。そして翌年1974年から1年間、フランスパリ大学のオテルデュ病院に留学をしています。

臼井正彦さんは海外留学から戻った後は再び東京医科大学の眼科医として復帰し、1978年には東京医科大学の助教授、1987年には教授にまで上り詰めます。医師になって20年足らずで教授にまで昇進するとは、臼井正彦さんはかなりのエリートであることが伺えますね。

経歴③2003年以降

エリートコースを歩んできた臼井正彦さんは、その後も東京医科大学の眼科医として勤務を続け、2003年にはついに病院長になりました。そして2005年には東京医科大学学生部長、2007年には名誉教授、2008年には東京医科大学の学長になっています。

経歴④2013年に理事長辞任

東京医科大学一筋で経歴を積んできた臼井正彦さんは、東京医科大学の学長を長年務めた後、2013年にはついに東京医科大学理事長となっています。1966年に東京医科大学を卒業して眼科医になった後、約半世紀の間ずっと東京医科大学一筋だった臼井正彦さん。

医師は医局に入局した後に色んな病院を転々とするパターンがほとんどであり、臼井正彦さんのように出身校である東京医科大学一筋の経歴を辿っている方はかなり珍しいパターンと言えます。東京医科大学の発展に多大なる貢献をしてきた方と言えるでしょう。

臼井正彦の書著出版経歴

臼井正彦さんは東京医科大学の眼科医として長い経歴を持ちますが、その中で数々の書籍を出版している「眼科界での最高権威者」としても知られています。次からは、臼井正彦さんの書籍についてご紹介します。

著書出版経歴①「系統的アプローチによるカウンスキー臨床眼科学」

臼井正彦さんの著書出版経歴1つ目は、「系統的アプローチによるカウンスキー臨床眼科学」です。こちらの書籍は、医師としてデビューしたばかりの研修医が眼科についてわかりやすく学ぶことができる医学書です。

眼科について系統的に学べる構成となっているため、すんなり頭に入ると医師たちから好評のようです。また、最新の症例や知識も多く載せられているため、経験豊富な眼科医にとっても「読み物」として親しまれています。

著書出版経歴②「緑内障は眼圧だけではない!健診の眼底で」

臼井正彦さんの著書出版経歴2つ目は、「緑内障は眼圧だけではない!健診の眼底で」です。こちらの書籍は臼井正彦さんの専門分野である緑内障について、最新の知見も含めて詳しく述べられています。

ちなみに緑内障は何らかの原因で視力を司る視神経が障害されてしまうもので、神経線維が障害されるとその部分の視野が欠けて見えるのが特徴です。この緑内障は「眼圧」という目にかかる圧力が高くなるほどなりやすいと昔から言われていました。

しかし、最近では眼圧が高くなくても緑内障になる事例も増えてきていると言います。このため、単に眼圧を測るだけでなく、幅広いアプローチをしなければ緑内障のリスクを早期に発見することはできないと言われているそうです。

臼井正彦さんは眼科医としての長年の経験からこの事実を突き止め、最新の知見をこの書籍にまとめています。よってこの書籍は「眼科医のバイブル」として、多くの眼科医たちから読まれているそうです。

著書出版経歴③「眼科救急ガイドブック眼科診療プラクティス15」

臼井正彦さんの著書出版経歴3つ目は、「眼科救急ガイドブック眼科診療プラクティス15」です。こちらの書籍は眼科医として日々遭遇する救急事例を幅広く網羅していて、具体的な症例も収録されています。眼科医としてステップアップするには必須の本として人気です。

著書出版経歴④「眼科医に贈る150の格言」

臼井正彦さんの著書出版経歴4つ目は、「眼科医に贈る150の格言」です。こちらの書籍は臼井正彦さんが東京医科大学の眼科医として長きにわたり患者さんを診てきた経験や新たな知見を含め、様々な格言が収録されています。

また臼井正彦さんの長年の経験を踏まえ、眼科医としての心構えや患者との接し方、診療のポイントなど多くの有益な情報が収録されているため、眼科医だけでなく他の科の医師からも人気の書籍として知られています。

著書出版経歴⑤「ドライアイのすべて」

臼井正彦さんの著書出版経歴5つ目は、「ドライアイのすべて」です。こちらの書籍は、現在目の悩みとして多く挙げられている「ドライアイ」について臼井正彦さんの経験を踏まえて診療のポイントをわかりやすくまとめています。

臼井正彦さんはこれらの5つの書籍以外にも多数の書籍を出版していて、過去には日本眼科学会の理事長を務めた経歴も持ちます。このため、臼井正彦さんは眼科界における「最高権威者」としても知られています。

臼井正彦の学歴

前述した通り、学生時代から理事長に就任するまで半世紀以上に渡り東京医科大学一筋で経歴を重ねてきた臼井正彦さん。次からは、そんな臼井正彦さんの過去の学歴についてさらに詳しくご紹介します。

学歴①東京医科大学卒業

臼井正彦さんの学歴ですが、1960年に東京医科大学に入学し、1966年に卒業すると同時に医師免許を取得しています。医学部の中でも有名な大学である東京医科大学に進学していることから、臼井正彦さんは高学歴の持ち主であることが伺えます。

臼井正彦さんは大学4年生の時に慕っていた教授が眼科医だったことから、自分も眼科医になろうと決意したそうです。このことから、眼科は元々自分の得意分野だったわけではなく、尊敬する教授について行くためにこの道を選んだようですね。

学歴②東京医科大学大学院単位取得

臼井正彦さんは1966年に東京医科大学を卒業後、そのまま大学院に進学した高学歴の持ち主です。一般的に大学病院では研修医時代に多くの診療科で専門的な経験を積んだ後に、大学院に進学するケースが多いそうです。

臼井正彦さんも研修医として臨床一本ではなく、大学院でさらに学びを深めたいと考えたのでしょう。大学病院の教授は学歴だけでなく、専門的な研究経歴を持っている必要があるため、臼井正彦さんは初めから教授を目指していたのかもしれませんね。

学歴③フランスパリ大学オテルデュ病院眼科留学

東京医科大学大学院を卒業した臼井正彦さんは、1971年に眼科コースの助手となり、1973年には東京医科大学の講師になっています。その後はさらに臨床経験を積むために、フランスパリ大学オテルデュ病院に留学した経歴も持っています。

海外留学経験を積む医師は多いと言われていますが、海外経験を積んでいると後々出世に有利だと噂されています。臼井正彦さんは若い頃からまさに「出世コース」を歩んでいることがわかります。

臼井正彦の眼科の権威

前述した通り「眼科界の最高権威者」として知られている臼井正彦さんは、自身の権力を使って過去に不祥事を起こしたと噂されています。次からは、臼井正彦さんの眼科界における権威の程度や、過去の不祥事の真相について調べてみました。

眼科の権威で不祥事の過去も

東京医科大学一筋の経歴を持ち、東京医科大学ではかなりの権力を握っていると噂されている臼井正彦さん。その権威を利用し、臼井正彦さんは過去にいくつかの不祥事を起こしていることが明らかになりました。

眼科の権威で東京医科大学裏口入学?

臼井正彦さんが起こした一番大きな不祥事は、医学部不正入試事件でした。2018年7月に大学の研究費支援事業の選考に東京医科大学が落選したことがきっかけで、次年度に補助金を獲得できるよう文部科学省へ直々に依頼していたという衝撃のニュースが流れました。

この際文部科学省局長である佐野太さんに依頼していた人物は、なんと理事長の臼井正彦さんだったそうです。その見返りに佐野局長の息子を東京理科大学に入学させるという「闇取り引き」がなされていた模様です。

学長時代の賄賂や会社設立事件とは

不祥事の2つ目は、2009年に発覚した医学部の現金受け渡し事件です。東京医科大学医学博士号の取得を巡り、優先的に博士号を取得できるよう不正な現金のやり取りが見つかりました。これに臼井正彦さんが関わったとして、減俸処分となりました。

謝礼を受け取ったことは認めたものの、臼井正彦さんは減俸処分が下されただけでした。この処分が甘すぎるのではないかと大きくニュースで取り上げられました。

さらに大きな不祥事として問題となったのが、2006年の「ファミリービジネス問題」です。東京医科大学では教職員が在職中は「副業」を禁止していたものの、臼井正彦さんはなんと会社を設立していたことが明らかになりました。

臼井正彦さんは実母や妻、息子たちと共謀して「有限会社オフタルモサイエンス」という会社を設立し、自分の権力を利用して関係企業に「眼内レンズ」を販売。14年間で総額2億円以上の手数料を受け取っていたとしてニュースで大々的に報じられました。

臼井正彦の息子など家族について

高学歴の持ち主でありながらも、過去には不祥事を起こしていたことが明らかになった臼井正彦さん。そんな臼井正彦さんの家族はどんな方なのでしょうか?次からは、臼井正彦さんの家族についてご紹介します。

息子の名前は臼井智彦との噂

臼井正彦さんは結婚して2人の息子と1人の娘がいて、子供たちは3人とも医師になっていると噂されています。臼井正彦さんの息子として挙げられている方は何人かいますが、中でも「臼井智彦」という方が有力なのではないかと噂されている模様です。

臼井正彦さんの息子について調べてみると、「臼井智彦」という名前の眼科医が存在することが明らかになりました。さらに眼科医である臼井智彦さんは、東京医科大学の卒業生のようです。
 

息子は眼科医局長?

臼井正彦さんの息子だと噂されている臼井智彦さんは、現在は栃木県にある国際医療福祉大学の眼科で教授を務めているそうです。しかし、臼井智彦さんは東京医科大学の卒業年度が1987年であり、臼井正彦さんの息子とするには計算が合わないと言われています。

もう1人臼井正彦さんの息子だと噂されている方がいて、臼井嘉彦さんという名前だそうです。この方は2001年に東京医科大学の眼科コースに入局していることから、臼井正彦さんの息子と見て間違いなさそうです。

臼井正彦さんの息子たちは2人とも医師になっていると噂されていますが、出身校も東京医科大学だと言われています。臼井正彦さんは過去に医学部の不正入試に関与していた不祥事を起こしているため、息子や娘も不正入試なのではないかと噂されているようです。

実母や妻も話題に

前述した通り、臼井正彦さんは過去に実母や妻と共謀して会社を設立するという不祥事を起こしています。このため、臼井正彦さんの実母や妻の経歴が話題となっているようです。

臼井正彦さんの実母の経歴は明らかになっていませんが、妻は薬剤師として臨床を積み、結婚後に専業主婦として家庭を支えてこられたようです。臼井正彦さんの3人の子供たちが医師になれたのも、妻のサポートのおかげでしょうね。

臼井正彦は東京医科大学一筋の経歴を持つ元理事長

東京医科大学一筋の経歴を持ち、2013年には理事長を務めたエリートである臼井正彦さん。眼科医として多数の書籍を出版している臼井正彦さんは、眼科界の最高権威者としても知られています。

息子や娘も東京医科大学を卒業し、眼科医として活躍していると噂されていますが、父親である臼井正彦さんのように偉大な方になるのでしょうか?これからも臼井正彦さんや、そのご家族の活躍を期待しましょう。

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この記事のライター
ちひろ
総合病院の元助産師。現在は子育て中のため一旦臨床を離れ、空いた時間にライターの仕事をしています。皆さんに楽しんでい...

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