若尾文子の現在!激ヤセの噂?子供や黒川紀章とのその後は?若い頃からの経歴も

ベテラン女優の若尾文子さんは年齢が85歳になった現在も現役女優として活躍していますが、若い頃にはどのような経歴を持つのでしょうか?若尾文子さんの若い頃からの経歴、出演映画やCM、1983年に結婚した黒川紀章さんとの馴れ初めや子供について調べてみました。

若尾文子の現在!激ヤセの噂?子供や黒川紀章とのその後は?若い頃からの経歴ものイメージ

目次

  1. 1若尾文子のプロフィール
  2. 2若尾文子の現在や激ヤセの噂とは
  3. 3若尾文子の子供や黒川紀章とのその後は?
  4. 4若尾文子の若い頃からの経歴
  5. 5若尾文子の現在は都内マンション生活で亡き夫の黒川紀章を愛し続ける

若尾文子のプロフィール

・愛称:あやや
・本名:黒川文子(旧姓:若尾)
・生年月日:1933年11月8日
・年齢:85歳(2019年10月現在)
・出身地:東京都
・血液型:不明
・身長:155m
・体重:不明
・活動内容:女優
・所属グループ:なし
・事務所:不明
・家族構成:夫(建築家の黒川紀章)

若尾文子の経歴

若尾文子さんは高校時代の1951年に映画のオーディションに合格し、「大映の第5期ニューフェイス」として芸能界入りを果たしました。そして若尾文子さんは1952年の映画『死の街を脱れて』で女優デビューをしています。

その後も多くの作品に出演して演技力を磨いてきた若尾文子さんは、「大映の看板女優」として知られるようになります。現在に至るまで幅広い分野で活躍を続けている若尾文子さんですが、若い頃からの経歴については後ほど改めてご説明します。

若尾文子の現在や激ヤセの噂とは

現在年齢が85歳になった若尾文子さんですが、現在は激やせしていると噂されているようです。若尾文子さんの現在の様子や激やせの噂の真相について調べてみました。

2019年の誕生日で年齢86歳を迎える若尾文子

若尾文子さんは2019年の誕生日を迎えると、年齢が86歳になります。若尾文子さんは若い頃から「絶世の美女」と言われて注目されてきた存在ですが、現在もその美貌は衰えておらず、度々若尾文子さんの美貌が話題に上っています。

若尾文子の女優と文学をテーマにした講演会も現在好評

若尾文子さんは現在では女優としての芸能活動以外にも、講演会を手掛けています。若尾文子さんは過去に「女優と文学」というテーマの講演会を開きましたが、会場は満員で立ち見が出るほどだったとのことで、かなりの大盛況だったそうです。

現在は激ヤセとの噂

若尾文子さんは年齢が85歳になった現在では、かなり激やせしていると話題になっているようです。若尾文子さんの「激やせ説」の真相について、詳しく見ていきましょう。

激ヤセの理由は年齢が関係か

若尾文子さんの激やせの噂の発端は、2015年に出演した映画の舞台挨拶時に首周りのシワが目立っていたことがきっかけでした。しかし若尾文子さんは年齢が80歳を超えているため、こうした変化は激やせが原因ではなく、加齢に伴うものであると考えられます。

舞台挨拶に杖をつく姿に心配の声も

さらに若尾文子さんは舞台挨拶の際にスタッフに支えられながら杖をついた状態で登場し、体調を心配する声が寄せられました。ちなみに若尾文子さんは明け方まで仕事をしていた影響でふらついて転倒し、足を痛めてしまったとのことです。

現在は女性著名人達と同じマンション生活?

若尾文子さんは現在は女性著名人たちと同じマンションで暮らしているそうです。若尾文子さんが一緒のマンションで暮らしている著名人たちについて、詳しく見ていきましょう。

石井ふく子と奈良岡朋子と同じ都内マンション暮らし

若尾文子さんは現在では石井ふく子さんと奈良岡朋子さんと同じマンションで暮らしていますが、元から一緒のマンションで暮らすことを決めていたわけではなく、近所で偶然会った際に、同じマンションに住んでいることがわかったそうです。

若尾文子さんはテレビプロデューサーである石井ふく子さんの計らいでデビューできた経緯があり、さらに奈良岡朋子さんは先輩女優として色んなことを教えてもらったと言います。このため若尾文子さんは2人を師匠と呼び、現在も慕っているそうです。

石井ふく子の年齢などプロフィール

石井ふく子さんは1926年9月生まれの現在93歳です。石井ふく子さんは1961年にTBSテレビに入社し、プロデューサーとして活動を始めました。現在では舞台の演出も手掛ける石井ふく子さんは、現役最高齢のプロデューサーとして知られています。

奈良岡朋子の年齢などプロフィール

奈良岡朋子さんは1929年12月生まれの現在89歳で、大学在学中に劇団に入り女優デビューしています。多くの有名作品に出演した経歴を持つ奈良岡朋子さんは、1992年に紫綬褒章を受章するなど、日本を代表する名女優として知られています。

現在は東方神起ユンホの大ファン

若尾文子さんは、意外なことに東方神起の大ファンであることを公表しています。その中でもユンホさんの大ファンだという若尾文子さんは、現在も東方神起が出演している番組はできるだけ見るようにしているそうで、こうしたお茶目な一面が話題を呼んでいます。

東方神起ユンホとは

若尾文子さんイチオシのユンホさんとは1986年2月生まれの現在33歳で、韓国出身です。ユンホさんは元々ダンサーとして活動していましたが、2004年に東方神起のメンバーとしてグループに加入しています。

ユンホさんはテコンドーの世界大会で3位入賞した経歴を持つなど身体能力が特に優れており、さらに整った顔立ちのイケメンであることから、東方神起の中でも一番の人気を誇っています。

ソフトバンクCM出演も現在話題に

若尾文子さんは2010年からソフトバンクのCMに出演しています。ソフトバンクの人気CMに長年出演している若尾文子さんは「ソフトバンクCMの顔」として親しまれ、現在も根強い人気を誇っています。

ソフトバンクCMでの役柄はお父さん犬の母親

ちなみに若尾文子さんはソフトバンクのCMの中では、「白戸家」の一番メインの人物であるお父さん犬の母親「白戸文子」役として出演しています。CMの中で艶やかな着物姿を披露している若尾文子さんですが、その美貌が改めて注目されています。

ソフトバンクCM出演を機に愛称「あやや」で人気

若尾文子さんはソフトバンクのCMに出演したことをきっかけに、「あやや」という愛称で呼ばれ始めました。ちなみにこのCMに若尾文子さんの孫役として出演している女優の上戸彩さんも愛称が「あやや」であり、祖母と孫が同じ愛称ということで話題になりました。

2011年「おひさま」で女優人生初の朝ドラ出演

若尾文子さんは長いキャリアを持つベテラン女優として知られていますが、意外にも朝ドラに出演したことがなく、2011年の朝ドラ『おひさま』で初出演を果たしたことで大きく話題を呼びました。

若尾文子の子供や黒川紀章とのその後は?

若尾文子さんは建築家の黒川紀章さんと結婚していますが、子供はいるのでしょうか?若尾文子さんと黒川紀章さんの馴れ初めや子供などについて調べてみました。

1983年に建築家の黒川紀章と結婚

若尾文子さんは1983年に建築家の黒川紀章さんと結婚していますが、若尾文子さんと黒川紀章さんには互いに離婚歴があるため、2度目の結婚でした。

黒川紀章とは

黒川紀章さんは世界的に有名な建築家として知られ、過去には「建築界のノーベル賞」とも言われるフランス建築アカデミーのゴールドメダル賞に輝いた素晴らしい経歴を持ちます。

黒川紀章の建築デザインが凄い

黒川紀章さんは大学院の博士課程時代から海外に論文を提出してきた秀才で、当時から将来を期待されている存在でした。そんな黒川紀章さんは1970年に開催された大阪万博の東芝IHI館を手掛けるなど、数々の素晴らしい建築デザインを提唱してきました。

黒川紀章との馴れ初めはテレ番組共演

ちなみに若尾文子さんと黒川紀章さんの馴れ初めは、テレビの対談がきっかけでした。初めて会った時から若尾文子さんの美貌の虜になった黒川紀章さんは、若尾さんに猛アタックを仕掛け、その後めでたく結婚に至りました。

黒川紀章との子供はいない

若尾文子さんは結婚した旦那である黒川紀章さんとの間に子供はいないようです。若尾文子さんと黒川紀章さんとの間に子供ができなかったことから、度々不仲説や離婚危機説が浮上していた模様ですが、実際には夫婦仲が悪いという事実は全くなかったそうです。

子供がいない理由は別居が関係か

若尾文子さんと黒川紀章さんご夫妻に子供がいなかった理由は、結婚当初から別居していたことにあると噂されています。若尾文子さんと黒川紀章さんは多忙だったことから、あえて一緒に住まず、お互いの生活を尊重していたそうです。

多忙スケジュールで子供ができなかった?

先ほどご紹介した通り、結婚当初から多忙を極めていた若尾文子さんと黒川紀章さんは、新婚時代からずっと別居状態が続いたことで子供ができなかったのではないかと噂されているようです。

結婚その後は別居生活ながらも夫婦円満

若尾文子さんと黒川紀章さんは新婚当初から多忙を極め、別居状態ではあったものの、若尾文子さんが毎日お弁当を作って黒川紀章さんに差し入れをするなど、とても仲の良い「おしどり夫婦」として有名でした。

2007年には黒川紀章が滝臓器不全のため死去

おしどり夫婦として知られていた若尾文子さんと黒川紀章さんですが、黒川さんは2007年に多臓器不全で亡くなっています。若尾文子さんは黒川紀章さんが亡くなる2日前に、次のような会話を交わしていたと言います。

若尾文子さんは「私っていい奥さんじゃなかったね」と黒川紀章さんに伝えたところ、「全然そんなことない!僕は君のことが本当に大好きだ」と言ってくれたそうです。このことからも、若尾文子さんと黒川紀章さんは強い絆で結ばれていたことが改めてわかりますね。

黒川紀章死去で料理への情熱激減?

最愛の夫である黒川紀章さんを亡くした若尾文子さんは、喪失感から料理への意欲を失ってしまったことを明かしています。若尾文子さんは火を通すことすら面倒に感じ、しばらくは総菜や刺身しか食べない生活を送っていたと言います。

現在も黒川紀章デザインのイヤリングを着用

若尾文子さんはその後なんとか立ち直り、普通の生活に戻れたということですが、現在も夫である黒川紀章さんがデザインしてくれたイヤリングや、その他の形見の品を身に着けているそうです。若尾文子さんは心から黒川紀章さんのことを愛していたことがわかりますね。

若尾文子の若い頃からの経歴

現在年齢が85歳になった若尾文子さんですが、若い頃はどのような経歴を持つのでしょうか?若尾文子さんの若い頃からの経歴について調べてみました。

若い頃からの経歴①大映第5期ニューフェイスで映画界入り

若尾文子さんの若い頃からの経歴1つ目は、大映第5期ニューフェイスで映画界に入ったことです。若尾文子さんは高校時代から俳優の長谷川一夫さんに憧れを抱き、後に自分で大映のオーディションを見つけて応募をしたそうです。

若い頃からの経歴②映画「十代の性典」出演で注目

若尾文子さんの若い頃からの経歴2つ目は、映画『十代の性典』に出演したことです。若尾文子さんは映画『十代の性典』で素晴らしい演技を披露したことをきっかけに、女優として大ブレイクを果たしています。

若い頃からの経歴③戦後の日本映画看板女優としての活躍

若尾文子さんの若い頃からの経歴3つ目は、戦後日本映画界の看板女優として活躍したことです。若尾文子さんは多くの名作に出演している演技派女優として知られるとともに、その美貌も高く評価され、「女優として完璧」と言われる存在だったそうです。

若い頃からの経歴④1971年以降は映画からドラマへシフト

若尾文子さんの若い頃からの経歴4つ目は、1971年を境に映画からドラマにシフトしていったことです。大映が1971年に倒産したことをきっかけに、若尾文子さんは映画だけでなく様々なドラマや舞台にも出演するようになり、活動の幅を広げていきました。

若い頃からの経歴⑤大河ドラマ「武田信玄」ナレーション

若尾文子さんの若い頃からの経歴5つ目は、1988年のNHK大河ドラマ「武田信玄」でナレーションを務めたことです。若尾文子さんは女優として素晴らしい演技を披露するだけでなく、柔らかいトーンの声にも定評があり、ナレーションにも多く起用されています。

若尾文子の現在は都内マンション生活で亡き夫の黒川紀章を愛し続ける

若尾文子さんは昭和時代を代表する名女優として知られ、年齢が85歳になった現在も現役女優として芸能界で活躍を続けています。そんな若尾文子さんは夫である黒川紀章さんが亡くなった後も形見の品を身に着けるなど、未だに愛情を注いでいることを明かしています。

このように私生活では亡き夫を愛する健気な妻でもある若尾文子さんですが、若尾さんが今後も芸能界で長きにわたり活躍し続けられることを応援しましょう。

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この記事のライター
ちひろ
総合病院の元助産師。現在は子育て中のため一旦臨床を離れ、空いた時間にライターの仕事をしています。皆さんに楽しんでい...

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