渡辺智男(元プロ野球選手)の現在!清原との約束とは?現役投手時代の動画も!

元プロ野球選手で投手として活躍されていた渡辺智男さん。渡辺智男さんは、1988年にドラフト1位でプロ入りして、西武ライオンズで活躍されていました。甲子園で交わした清原との約束?今現在の渡辺智男さんについてや投手現役時代をYoutubeの動画で紹介していきます。

渡辺智男(元プロ野球選手)の現在!清原との約束とは?現役投手時代の動画も!のイメージ

目次

  1. 1渡辺智男のプロフィール
  2. 2渡辺智男の現在!
  3. 3渡辺智男の清原との約束とは
  4. 4渡辺智男が現役投手時代のYoutube動画
  5. 5渡辺智男のドラフト騒動とは
  6. 6渡辺智男の現在は西武スカウトとして活躍

渡辺智男のプロフィール

・愛称:ナベトミ
・本名:渡辺智男
・生年月日:1967年6月23日
・年齢:55歳(2022年9月現在)
・出身地:高知県高岡郡佐川町
・血液型:???
・身長:178cm
・体重:80kg
・活動内容:元野球選手
・所属グループ:元西武ライオンズ
・ポジション:投手
・事務所:???
・家族構成:???

渡辺智男の経歴

渡辺智男(わたなべとみお)さんは高知県出身で、1967年6月23日生まれの現在55歳です。高知県高岡郡佐川町で農家に生まれ、野球少年として育ちました。渡辺智男さんは中学校時代にヒジを剥離骨折してしまいます。

ヒジをケガした渡辺智男さんは、投手にならないという条件で伊野商業高校に進学しましたが、2年の春になってから投手としての練習を始め、秋にはエースナンバーをもらっています。県内の同学年には、中山裕章さんや山本誠さんといった投手がいました。

渡辺智男さんは、3年春に投手として選抜高校野球大会に出場しています。この大会が伊野商業高校初の全国大会となります。渡辺智男さん含むチームは1回戦突破を目標していたが、初回はチーム打率4割を超える強豪、東海大浦安となりました。

しかし、結果は5対1で勝利しました。そして、準決勝ではPL学園と対決になります。当時のPL学園は清原和博さん、桑田真澄さんが在籍しており周りの評価も圧倒的にPL学園が有利でした。

しかし、渡辺智男さんは清原さんを3三振に封じ込め、1失点でPL学園に勝利しました。決勝の対帝京戦では、渡辺智男さんの本塁打や13奪三振の完封で優勝をしました。

高校卒業後は社会人野球のNTT四国へ入り、1988年の大会では初戦で勝利投手となっています。1988年7月にIBAFワールドカップ参加しましたが、右ひじを故障しました。このケガが原因でプロ入りを断念しました。

しかし、西武がドラフト1位で強行指名したため、NTT四国の監督が激怒したという話です。渡辺智男さんのケガを治療を担当したのが西武のチームドクターだったため、この指名は密約説がありました。

そして、渡辺智男さんは推定ではありますが、契約金7000万、年俸840万でプロ入りとなりました。プロ入り1年目の1989年はケガのリハビリに努めていた渡辺智男さんですが、4月24日のイースタン・リーグ対巨人戦で初登板となりました。また、5月3日のロッテ戦では初先発で出場し、5回1失点に抑える好投をしました。

5月26日には、1軍に昇格することとなり、6月2日の対ダイエー戦で先発を任されています。渡辺智男さんのプロ入り1年目の成績は19試合の登板ながら規定投球回に達しており、10勝を挙げています。しかし、新人王の選考では、酒井勉さんに敗れることとなったのですが、2年目の年俸は酒井勉さんと同様に2000万円となりました。

2年目の1990年の成績は13勝を挙げており、日本シリーズ第3戦では先発投手として出場し3年春の甲子園以降初となる桑田真澄さんとの投げ合いとなります。ここで史上8人目の初登板初完封で勝利をしています。

3年目の1991年には投手として最も名誉ある最優秀防御率を獲得するなどの活躍をしました。しかし、1992年以降は、ケガの影響もあり1軍登録は無しでシーズンを終えることとなってしまいました。

そして、トレードで福岡ダイエーホークスに移籍することとなりましたが同様に調子が上がらず思うように成績が伸びないでしました。その後もトレードで西武ライオンズに復帰しましたが、1軍登録はされないまま1998年で現役を引退することとなりました。

渡辺智男の現在!

甲子園ではエース投手としてチームを優勝まで導き、プロ野球選手となってからも最優秀防御率を獲得したこともある渡辺智男さんですが、現役を引退した現在何をしているのか気になっている方は多いのではないでしょうか?

そんな渡辺智男さんが現在何をしているのか、そしてそこでどのように活躍されているか詳しくご紹介していきたいと思います。

現役引退後は西武スカウトに転身

現役時代に西武ライオンズの投手として活躍されていた渡辺智男さんは現役引退後、西武ライオンズのスカウトに転身しました。スカウトへと転身した渡辺智男さんは、西武ライオンズの戦力となる若者を探して日々各地を回っています。

西武スカウトで自宅通勤

2018年の西武春季キャンプは、A班、B班に分けられ行われます。A班は1軍、B班は2軍のことと思っていただいただければと思います。A班39選手、B班29選手で宮崎・南郷、高知・春野を拠点としてキャンプはスタートしました。

本来であれば、何名かは班の入れ替えが発生するのですが、B班でインフルエンザが蔓延したため、入れ替えが発生することはありませんでした。B班でインフルエンザ陽性と診断されたのは6名でしたが、発熱などの症状がある者は10名を超えていました。

渡辺智男さんもスカウトとして、B班担当からスタートしたのですが、インフルエンザが蔓延していたため、1ヵ月も自宅勤務となりました。B班は若手主体のメンバーで、絶好のアピール機会だったのですが、インフルエンザによって妨害されてしまいました。

西武スカウト陣として常に注目される渡辺智男

西武のスカウトとして活動している渡辺智男さんですが、スカウトの実力も注目されています。現在活躍されているスカウトの方々の共通点があるとのことです。それは、現役時代に1軍レギュラーとして十分な活躍はしているがイチローさんや松井秀喜さんのように大スターと呼ばれるまではいかなかった方々だということです。

渡辺智男さんも現役時代に活躍はされていたものの、スター選手と呼ばれるまではいかず、早い段階でケガにより調子を崩してしまい、そのまま引退となってしまった方です。

スカウトという仕事は、地道な積み重ねが必要で各地に飛び回り、そして各地の野球関係者や指導者には誠実な対応をしなければいけません。時には頭を下げることもあるというスカウトの仕事は、一度スター選手となった人間にはできない仕事だとのことです。

しかし、プロとして活躍した重みも必要で、知る人ぞ知るというような人物がちょうどよいということで、どのようにしたら1軍で活躍できるか苦労した選手のほうが、選手の潜在能力や性格がプロ向きか見抜く力があるとのことです。なのでスカウトは、渡辺智男さんにはぴったりの仕事なのかもしれませんね。

渡辺智男の清原との約束とは

プロ野球選手として活躍されていて、現在では西武のスカウトとして活躍されている渡辺智男さんですが、高校時代にPL学園の清原和博さんとある約束をしていたとのことです。どのような約束をしていたのか、そしてその約束はどのような結末となったのかをご紹介していきたいと思います。

PL学園・清原との約束とは

1985年の春の選抜高校野球大会で渡辺智男さんがエースを務める伊野商は、清原和博さんと桑田真澄さんのKKコンビが率いる優勝候補PL学園と対戦することとなりました。結果は、渡辺智男さんが4番の清原和博さんから3三振を奪うなど、KKコンビを完全に封じて勝利しました。

この試合は、初出場の伊野商が優勝候補のPL学園を破った名試合として、現在でも高校野球史に残る伝説の試合として語り継がれています。

その渡辺智男さんのもとに1985年の夏にPL学園で4番を務めていた清原和博さんから「次は打ったるから、絶対に甲子園に出てこい」というメッセージが届けられました。

清原の申し出に渡辺智男は照れ隠し

清原和博さんからの「次は打ったるから、絶対に甲子園に出てこい」というメッセージを新聞記者に伝えられた渡辺智男さんは「夏は暑いから。もういいですよ」と答えました。

これは、渡辺智男さんの本心ということではなく照れ隠しから出た言葉だったそうです。しかし、スポーツ紙にこの言葉が大きく報じられ、渡辺智男さん自身もそのことに「あれは参った。新聞に載るなんて考えてもいなかった」とおっしゃっています。

一度はケガで投手を諦めていた渡辺智男さんが、甲子園で優勝候補であるPL学園を破り、その中心人物である清原和博さんからこのようなメッセージを受けて嬉しくないはずがありませんよね。

清原との約束叶わず伊野商業高校敗退

清原和博さんからメッセージを受け挑んだ夏の甲子園ですが、初戦で事件が起こってしまいました。対戦相手打者のライナーが渡辺智男さんの右肩付近に直撃してしまいました。伊野商監督の山中直人さんは、「無理しなくていい、代わるか?」と聞いたところ渡辺智男さんは「いくしかないっしょ」と答えました。

これまで、そのように熱くなることのなかった渡辺智男さんが、熱くなり勝利へ執着を見せたことに山中直人監督は震えたそうです。そして、渡辺智男さんは最後まで投げ抜き、初戦を辛くも突破しました。

しかし、県予選の決勝で高知商に渡辺智男さんは8回に逆転を許してしまい、伊野商業高校は敗れてしまいました。そして、清原和博さんとの約束は叶うことはありませんでした。

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渡辺智男が現役投手時代のYoutube動画

高校野球では、高校野球史に残る名試合を繰り広げ、一躍有名選手となった渡辺智男さんは、プロ野球選手としても活躍されていました。そんな、渡辺智男さんの伝説の甲子園の試合やプロ野球選手として活躍されていた時の姿をYoutube動画を交えてご紹介していきたいと思います。

現役投手時代のYoutube動画①伝説の甲子園

こちらのYoutube動画は、渡辺智男さんが3年春の選抜高校野球大会で、優勝候補PL学園主力選手のKKコンビである、清原和博さんと桑田真澄さんを完全に封じ、勝利した時のYoutube動画になります。初回出場で無名であった伊野商の名を上げ、現在でも語り継がれている高校野球史に残る伝説の試合です。

現役投手時代のYoutube動画②セリーグ・パリーグ戦

こちらのYoutube動画は、1990年のオールスターゲーム戦の時に渡辺智男さんが投げた回のYoutube動画になります。この時のオールスターには、野茂英雄さん、与田剛さん、原辰徳さんなどが出場されていました。

動画でもわかる通り、伸びのあるストレートでキレのある速球です。コントロールも完璧で、渡辺智男さんの全盛期の時のYoutube動画になります。

現役投手時代のYoutube動画③ダイエーホークス時代

こちらのYoutube動画は、1995年のダイエーホークス時代の渡辺智男さんの動画になります。こちらは、Youtube動画②の時とは違い、ケガにより調子を落としていた時の動画です。本当に惜しい選手で、もっとプロ野球選手として活躍される姿を見たかったです。

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渡辺智男のドラフト騒動とは

渡辺智男さんが西武にドラフト1位として指名され入団する際のドラフト会議でとある騒動がありました。そのドラフト騒動とはどのようなものであったのか、その騒動に対しての渡辺智男さんの反応についてまとめたのでご紹介していきたいと思います。

渡辺智男はドラフト前に手術をしていた

実は、渡辺智男さんはドラフト前に手術を行っています。IBAFワールドカップにエースとして出場した渡辺智男さんは、その試合で右ヒジを故障してしまい、遊離軟骨除去手術を行っています。

しかし、その手術後は、20センチぐらいの長い傷痕があり、靭帯手術ぐらいの大きさで怪しく、事前にただヒジを開いて縫っただけの「ニセ手術」ではないかという噂もありました。

右肘手術はプロ入りを避ける為?

では、この右手術は「ニセ手術」は何の為に行ったものなのかと言いますと、プロ入りを避けるためと言われています。渡辺智男さん自信もドラフト1カ月前に右肘を手術し、プロ入り拒否を宣言しており「こんな手術をしてプロに行けるわけないでしょう、今年は」と話していたそうです。

しかし、西武は1位指名したことで、別のチームが指名しない渡辺智男さんを確実に獲得することができました。そして、渡辺智男さんは西武に入団するのですが、指名後直ぐに入団させるのは出来レースとバレるため「ヒジが治るまで2,3年は体力作りさせるから、問題ない」と西武側は説明していたといいます。

当時のドラフト騒動に渡辺智男の反応は?

このドラフト騒動について、ある関係者が渡辺智男さん自身に尋ねたところ笑うだけで否定はしなかったといいます。実際に西武側と仕組んでいた工作だったということなのだと思います。

このような工作は80年に広島から1位指名を受けた川口和久さんにも当てはまるとのことです。しかし、現在では、このような工作を行うスカウトはほとんどいなくなったとのことです。

渡辺智男の現在は西武スカウトとして活躍

元プロ野球選手である渡辺智男さんの現在についてや高校時代の清原和博さんとの約束、渡辺智男さんの現役時代をYoutube動画でご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?

中学時代にヒジをケガして、一度は野球を諦めかけていましたが渡辺智男さんの努力によって、甲子園優勝をするまでのエース投手となりました。その春の甲子園では、清原和博さんと桑田真澄さんのKKコンビが率いるPL学園を破り、清原和博さんと交わした約束もありました。

その約束は叶うことは、ありませんでしたが、普段冷淡な渡辺智男さんが熱くなり、勝負に執着する姿に、当時の伊野商の監督も震えたほどだとのことです。そして、ドラフト騒動はありましたが、ドラフト1位指名で西武にプロ入りし、オールスター戦に出場するほどの選手となりました。

現役引退後は、西武スカウトに転身し現在も活躍されています。また、2009年8月22日のロッテ戦では、復刻ユニフォームを着て、打席に清原和博さんを迎えて始球式を行いました。今後、渡辺智男さんがスカウトした選手がスターとなり大いに活躍されることを期待しています。

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この記事のライター
hahanha

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