山城新伍の若い頃は不良?当時の経歴や人気と若い頃のエピソードなどまとめ

山城新伍の若い頃は不良だったという噂が聞かれますが本当なのでしょうか?過去には東映の俳優として活躍していた山城新伍はどのような俳優だったのかが気になります。山城新伍の当時の経歴や人気、若い頃のエピソードについてまとめてみました。

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目次

  1. 1山城新伍のプロフィール
  2. 2山城新伍の若い頃は不良?
  3. 3山城新伍の若い頃の経歴や人気について
  4. 4山城新伍の若い頃のエピソード
  5. 5山城新伍以外の若い頃が話題の俳優
  6. 6山城新伍の若い頃は東映トップスターだった

山城新伍のプロフィール

愛称:???
本名:渡辺 安治
生年月日:1938年11月10日
年齢:享年70歳(2009年8月12日没)
出身地:京都府京都市
血液型:O型
身長:174cm
体重:68kg
活動内容:俳優・司会者・タレントなど
所属:なし
事務所:オフィス・タッチ
家族構成:花園ひろみ(元妻)、南夕花(娘)

山城新伍の経歴

山城新伍は1938年11月10日に生まれ、京都府京都市の出身です。父親は医師で、母親は看護師。山城新伍は貧乏医師であった父親を見て育ったので、医師を継ぐ気はなかったのですが、大阪医科大学、関西医科大学を受験し、失敗してしまいます。

医師になることをあきらめて、映画スターになることを目指しました。エキストラをしながら、1957年に「東映ニューフェイス」の第4期生に応募し、見事合格しています。1958年に映画「台風」で俳優デビューを果たしました。

1959年にはテレビ時代劇「風小僧」で主演に抜擢されています。1960年には時代劇「白馬童子」に出演し、人気を集めました。山城新伍はその後、数多くの映画やドラマに出演しています。

1975年には人気バラエティ番組「独占!男の時間」に出演し、これをきっかけにバラエティ番組に本格的に進出しました。その後は、司会やパネリスト、CMなどで活躍しています。1980年代以降には映画監督としても活躍し、さらに、本も10冊以上出版しました。私生活では、1966年に花園ひろみと結婚し、その後、第1子である長女が誕生しています。

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山城新伍の若い頃は不良?

山城新伍の若い頃は不良だったという噂が聞かれますが本当なのでしょうか?山城新伍は若い頃どうだったのかを調査してみました。

山城新伍の若い頃と言えば『不良番長』シリーズ

山城新伍の若い頃と言えば『不良番長』シリーズです。山城新伍は『不良番長』シリーズの助監督を務めていた内藤誠に見いだされ、山城新伍は1969年に『不良番長』シリーズの第4作目の「送り狼」に出演しました。

山城新伍はナンパな役柄をコミカルに演じ話題になります。その後、『不良番長』シリーズの第4作目から第16作目に出演しました。

私生活でも若い頃は不良だった?

山城新伍は若い頃、私生活でも不良だったのでしょうか?山城新伍は梅宮辰夫と仲が良く、梅宮辰夫が山城新伍の若い頃について語りました。山城新伍は下着と洗面セットが入った大きな紙袋を持って、梅宮辰夫の部屋に入ってきたそうです。

「夕べも帰っていないのか?」と尋ねると、「そんなことないよ」と答えながら、下着を取り換えていたというエピソードがあります。

山城新伍の若い頃の顔画像も調査

山城新伍の若い頃の顔画像についても調査してみました。山城新伍は若い頃、都会的な端正な顔立ちで人気がありました。1960年に出演した「白馬童子」では白装束姿で白馬に颯爽とまたがり、子供はもちろん、大人も魅了しています。

山城新伍の若い頃の経歴や人気について

山城新伍の若い頃の経歴や人気について調査してみました。山城新伍は若い頃、どのような経歴があるのでしょうか?出演した作品や人気ぶりについてもご紹介しましょう。

山城新伍の若い頃の経歴

山城新伍の若い頃の経歴をご紹介しましょう。山城新伍は若い頃、どのような学歴があり、どんな経歴をたどってきたのでしょうか?

若い頃の経歴:医療系の大学に不合格

山城新伍は医者を目指し、大阪医科大学、関西医科大学を受験しましたが、残念ながら失敗し、不合格となってしまいました。

若い頃の経歴:東映ニューフェイス第4期に合格

医者の道をあきらめて、時代劇スターを目指すために、「東映ニューフェイス」第4期に応募し、見事、合格しました。

山城新伍の若い頃の出演経歴

山城新伍の若い頃の出演経歴についてご紹介しましょう。山城新伍は若い頃、様々な作品に出演しています。

若い頃の出演経歴:デビュー作品は映画『台風』

山城新伍のデビュー作品は映画『台風』です。山城新伍は1957年に東映ニューフェイスとして入社し、翌年の1958年に映画『台風』でデビューしました。

若い頃の出演経歴:時代劇『風小僧』で初主演

山城新伍は1959年にテレビ時代劇『風小僧』で初主演に抜擢されています。美しい剣士役を好演し、注目されました。

若い頃の出演経歴:時代劇『白馬童子』主演でブレイク

1960年に時代劇『白馬童子』で主演を務め、大ブレイクを果たしています。ドラマは視聴率30%を超える大ヒットとなり、山城新伍の端正な顔立ちと立ち回りのキレの良さが話題になります。

山城新伍の若い頃の人気ぶりも調査

山城新伍の若い頃の人気ぶりについても調査してみました。山城新伍は若い頃、とても人気がありましたが、どのくらい人気があったのかをご紹介しましょう。

東映俳優で人気No.1に君臨

山城新伍は東映俳優で人気No.1に君臨しています。東映俳優のファンイベントの際には、山城新伍が登場すると、客席から拍手や声援が飛び交っていました。

山城新伍の人気は80年代ファッションにも

山城新伍の人気は80年代ファッションにもあらわれています。山城新伍の衣装が注目を集めました。ノーネクタイのシャツ、ブルゾン、ジーンズといった衣装が定番で、1980年代後半からは黒のタートル、黒のパンツにダブルのジャケットというのが定番でした。

山城新伍の若い頃のエピソード

山城新伍の若い頃のエピソードについてご紹介しましょう。山城新伍は若い頃、様々なエピソードがありました。結婚と離婚などについても迫ってみました。

若い頃のエピソード①内藤誠との関係

山城新伍と内藤誠との関係についてご紹介しましょう。山城新伍は内藤誠と出会い、京都から東京に呼び寄せられて俳優として見出されました。

内藤誠とは

内藤誠は東映の東京撮影所で助監督を務めていました。「不良番長」シリーズでは第1作から第3作の助監督を務めています。京都撮影所に応援に行った時に山城新伍と知り合いました。

内藤誠無しに不良番長は語れない

内藤誠は東映の東京撮影所で「不良番長」シリーズの第4作目を監督しています。第1作から第3作まではシリアスな作品でしたが、第4作は山城新伍を東京に呼んでコミカルな喜劇にしました。内藤誠無しには不良番長は語ることができません。

若い頃のエピソード②流行語「チョメチョメ」の誕生

山城新伍は1979年10月14日から1985年9月29日までの毎週日曜に放送されたクイズ番組「アイ・アイゲーム」で司会を務めていました。この番組で山城新伍は流行語「チョメチョメ」を生み出します。

若い頃のエピソード③花園ひろみとの結婚と離婚

山城新伍は1966年に女優の花園ひろみと結婚しました。花園ひろみとの間には第1子である長女が誕生しています。

花園ひろみとは

花園ひろみは1957年に第4期東映ニューフェイスで東映に入社しました。山城新伍とは同期です。1958年に大川橋蔵が主演を務めた映画『花笠道中』でデビューしています。その後、数多くの映画に出演しました。

1962年に映画『右門捕物帖』を最後に引退して、山城新伍と結婚しました。山城新伍との間には元女優の南夕花が誕生しています。

花園ひろみとは2度の結婚歴がある

山城新伍と花園ひろみは2度結婚し、2度離婚しています。1962年に山城新伍と結婚し、長女が誕生しました。その後、離婚し、1991年に再度結婚しましたが再び離婚しています。

花園ひろみとの離婚理由について

山城新伍と花園ひろみは1985年に山城新伍の浮気が原因で離婚しています。その後和解し、1991年に再入籍しましたが、浮気をし続けた山城新伍に愛想がついて、1999年に再度離婚しました。

山城新伍以外の若い頃が話題の俳優

山城新伍以外の若い頃が話題の俳優についてご紹介しましょう。若い頃注目された俳優にはどのような方がいるのでしょうか?

若い頃が話題の俳優【松方弘樹】

松方弘樹は元祖任侠映画俳優の第一人者として活躍しました。松方弘樹に不良のイメージがつくように、女好きで柄が悪いキャラクターとしてマスコミに取り上げれらています。

若い頃が話題の俳優【岡田真澄】

岡田真澄は日本人とデンマーク人のハーフで、整った顔でとてもイケメンでした。当時は外国人が差別されていたので、女性にはあまりもてなかったようです。

若い頃が話題の俳優【高橋英樹】

高橋英樹は日活ニューフェースの第5期として日活に入社しました。数多くの時代劇に出演し活躍しています。若い頃は夜遊びをしていて、借金もありましたが、結婚後は夜遊びをやめて、家庭を大切にしています。

若い頃が話題の俳優【アル・パチーノ】

アル・パチーノは演技派のハリウッド俳優で、メディアにはあまり登場しません。背は低いですが、端正な顔立ち。「ゴッドファーザー」など数多くの名作に出演し、活躍していました。アル・パチーノには結婚歴がないのも驚きです。

山城新伍の若い頃は東映トップスターだった

山城新伍の若い頃についてご紹介しました。山城新伍の若い頃は東映のトップスターで、東映で人気ナンバーワンでもありました。「不良番長」シリはじめ、「帝王」シリーズでも活躍し、「仁義なき戦い」シリーズでは個性派俳優として活躍していました。昭和のイケメン俳優だった山城新伍は女性の永遠のアイドルでしょう。

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この記事のライター
maki

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