【島根女子大生死体遺棄事件】犯人の矢野富栄とは?犯行経緯や生い立ちを解説!

数多く起こっている殺人事件の中でも、残酷さがトップクラスだと言われている島根女子大生死体遺棄事件。この記事では、犯人・矢野富栄の生い立ちや人物像、島根女子大生死体遺棄事件の内容や、矢野富栄の家族などをまとめました。矢野富栄とはどんな人物なのでしょうか?

【島根女子大生死体遺棄事件】犯人の矢野富栄とは?犯行経緯や生い立ちを解説!	のイメージ

目次

  1. 1矢野富栄とは
  2. 2島根女子大生死体遺棄事件の概要
  3. 3島根女子大生死体遺棄事件の経緯(閲覧注意)
  4. 4矢野富栄の生い立ちや経歴
  5. 5島根女子大生死体遺棄事件の謎
  6. 6矢野富栄の家族の現在
  7. 7矢野富栄が起こした悲惨な事件を忘れてはならない

矢野富栄とは

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これまで日本国内では数え切れないほどの殺人事件が起こっていますが、「矢野富栄」という名前を聞くと、島根県で起こった事件を思い出すという方も多いのではないでしょうか?事件発生から数年が経過している現在も多くの人々の記憶に残る矢野富栄という人物は、とても残虐な事件の犯人なのです。

島根女子大生死体遺棄事件の犯人

矢野富栄という人物は、島根県に住む女子大生を殺害した上、遺体をバラバラにして遺棄した男です。女子大生が被害に遭ったこの事件は「島根女子大生死体遺棄事件」と呼ばれ、事件発生から数年が経過した現在も多くの人々の記憶に残っています。

そんな「島根女子大生死体遺棄事件」の犯人である矢野富栄は、なぜ女子大生を殺害したのか、その動機や犯行経緯、事件内容や矢野富栄の生い立ちなどに徹底的に迫っていきましょう。

島根女子大生死体遺棄事件の概要

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矢野富栄が起こした島根女子大生死体遺棄事件は、決して風化させてはいけない事件の一つとして語り継がれています。島根女子大生死体遺棄事件の経緯や事件の謎、犯人・矢野富栄の生い立ちなどに迫る前に、まずは島根女子大生死体遺棄事件の概要から見ていきましょう。

2009年に発生した死体遺棄事件

島根女子大生死体遺棄事件が発覚したのは、2009年11月6日のことでした。この日、広島県と島根県の県境付近に位置する臥龍山の山頂付近で、女性の遺体が発見されたのです。遺体の状況は悲惨なもので、その時発見されたのは女性の頭部のみでした。

様々な名称がつけられた事件

「島根女子大生死体遺棄事件」は島根県に住む女子大生が殺害され、遺体をバラバラにされたことから「島根女子大生殺害事件」や、「島根女子大生バラバラ殺人事件」という名称で呼ばれることもあります。

その他にも、被害者の女子大生が行方不明になった地名を取った「浜田事件」や、「浜田学生遺棄事件」という名称で呼ばれることも。事件の名称が複数あるというのは、島根女子大生死体遺棄事件の凶悪性や世間からの関心の高さを表しているのかもしれません。

7年間未解決事件として扱われた

島根女子大生死体遺棄事件が発覚したのは、先述した通り2009年11月6日です。臥龍山の山頂付近から女性の頭部が発見されたことを受け、広島県警・島根県警は合同捜査本部を設置し、島根女子大生死体遺棄事件の捜査を開始しています。

捜査開始後、被害者の遺体の一部が続々と発見されますが、犯人に繋がる有力情報がなく捜査は難航。島根女子大生死体遺棄事件発覚後、犯人とされる矢野富栄が乗っていた車が発見されていたようですが、警察は事件との関連性は低いとみなし、捜査線上から外してしまったと言われています。
 

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事件発覚4ヵ月後の2010年2月26日には、警察が捜査特別報奨金制度を適用し、一般市民に情報提供を呼びかけています。その後も警察によって懸命な捜査が続けられましたが、島根女子大生死体遺棄事件の犯人が逮捕されないまま月日が流れ、島根女子大生死体遺棄事件は7年間未解決事件として扱われていたのです。

2012年に公訴時効を迎える

2009年11月6日に発覚した島根女子大生死体遺棄事件は、捜査特別報奨金制度の適用や、事件に関する情報提供の為のフリーダイヤルの設置、情報提供を求めるチラシの配布などを続けましたが、犯人が捕まることはありませんでした。

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そして、7年も未解決事件として扱われ続けた島根女子大生死体遺棄事件は、2012年10月26日に事件発覚から3年が経ち、公訴時効を迎えています。公訴時効とは名称の通り、時間の経過によって事件の公訴が出来なくなる、というものです。

これを受け、警察は時効の設定がない殺人罪へ容疑を切り替え、捜査を継続。被害者の女子大生が行方不明となった島根県浜田市内では、追悼の気持ちが込められたろうそくが灯されると共に、同級生らが黙祷を捧げています。

殺害されたのは大学生の平岡都さん

残忍な手口で、猟奇的な事件として語り継がれている島根女子大生死体遺棄事件の被害者は、島根県浜田市にある島根県立大学に通う女子大生・平岡都さんです。平岡都さんは香川県出身で、高校は香川県内の商業高校を卒業しています。

平岡都さんは、大学では発展途上国を救うことを目的としたボランティアサークルに所属し、留学という目標の為に学業も真面目に取り組んでいたそうです。遅刻や欠席もほとんどなく、アルバイト先でも真面目に働いていたといいます。

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女子大生などの若い女性が被害に遭う事件は、”男女関係のもつれが原因か”と囁かれることもありますが、平岡都さんは異性交遊がなく、周囲の人も「特にトラブルは無い」と話しています。犯人の矢野富栄は、平岡都さんの未来を一瞬にして奪ったのです。

2016年に犯人「矢野富栄」を特定

2012年に公訴時効を迎え、殺人容疑で捜査が続けられていた島根女子大生死体遺棄事件に大きな動きがあったのは、事件発覚の約7年2ヵ月後である2016年12月20日です。

この日、島根・広島両県警合同捜査本部は、事件当時30代だった会社員の男が犯人と発表しています。この男こそが、矢野富栄なのです。

事件の2日後に死亡していた

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2016年に島根女子大生死体遺棄事件の犯人が矢野富栄だと特定されたのですが、矢野富栄は平岡都さんの遺体発見2日後の2009年11月8日に、山口県内の高速道路で起きた事故で母親と一緒に死亡しています。

単独犯として事件は不起訴に

事件発覚7年後にようやく証拠が揃って犯人が特定されたものの、すでに矢野富栄が死亡していたことから、被疑者死亡のまま書類送検されています。そして、2017年1月31日に被疑者死亡で事件は不起訴処分になっています。

警察庁科学警察研究所は、事件発覚後に犯人像のプロファイリングをしていて、”犯人は単独犯である可能性が高い”と発表していました。このプロファイリング通り、矢野富栄は単独で島根女子大生死体遺棄事件を起こしたようです。

島根女子大生死体遺棄事件の経緯(閲覧注意)

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平岡都さんの遺体の状況はとても酷かったと言われていますが、そもそもなぜ平岡都さんが被害に遭ってしまったのでしょうか?島根女子大生死体遺棄事件の概要を押さえたところで、続いては事件発生からの経緯と遺体の発見状況を見ていきましょう。

アルバイト帰りから平岡都さんが消息不明に

被害者である平岡都さんは、2009年10月26日のアルバイト後から消息不明となり、連絡が取れず心配していた家族によって捜索願が出されていました。連絡を受けた警察が調べると、アルバイト先のショッピングセンターから出て行く平岡都さんの姿が防犯カメラに残されていたそうです。

平岡都さんは大学の寮に住んでいたので、ショッピングセンターから寮までの道中に設置している防犯カメラにも姿が映っているはずですが、その日の平岡都さんの姿はショッピングセンターの防犯カメラ以外、どこにも映っていなかったのです。

人通りの少ない暗い道だった

平岡都さんのアルバイト先だったショッピングセンターから寮までは約2Kmと、そこまで遠くありません。しかし、平岡都さんの通勤経路は人通りが少なく街灯もほとんど無かったので、夜になると暗闇が広がっているような状況でした。

地元の人もあまり利用しない道を歩いてアルバイトに行っていた平岡都さんですが、若い女性の一人歩きは危険ということで、アルバイトを辞める予定もあったと言われています。

山中で女性の頭蓋骨が発見される

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2009年11月6日、キノコ狩りのために臥龍山に登っていた男性によって、山頂付近に遺棄されていた女性の頭部が発見されています。この男性が頭部を発見していなければ、平岡都さんが被害に遭ってしまった島根女子大生死体遺棄事件は表に出てこなかった可能性もあるのです。

DNA鑑定により平岡都さんと判明

第一発見者の通報を受けた警察は、すぐさま頭部をDNA鑑定しています。その結果、10月26日のアルバイト帰りから行方不明で、家族から捜索願が出されていた平岡都さんの頭部だと判明。これにより、他の遺体の捜索が始まっています。

バラバラの遺体が次々と発見される

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平岡都さんの頭部が発見された翌日に、広島県警・島根県警から成る合同捜査本部が設置され、本格的な捜査が始まっています。すると、その日のうちに平岡都さんの左大腿骨の一部を発見。

そして、11月8日には平岡都さんの両手足が切断された状態の胴体部分が、11月9日には平岡都さんの切断された左足首が、11月19日には平岡都さんの爪や肉片などが発見されています。

顔は鬱血して目も充血していた

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被害者・平岡都さんの遺体は矢野富栄の手によってバラバラにされていただけでなく、最初に発見された頭部には首を絞められて掻き毟ったような痕跡や、殴打痕がありました。矢野富栄に首を絞められたせいなのか、平岡都さんの顔は鬱血して目も充血していたそうです。

乳房は切り取られて内臓がえぐられていた

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ここまでの内容もかなり残酷ですが、犯人・矢野富栄は平岡都さんの遺体をバラバラにしていただけではありませんでした。11月8日に平岡都さんの胴体部分が発見されましたが、刃物か何かで乳房は切り取られ、内臓がえぐり取られていたのです。

他にも、11月7日に発見されていた平岡都さんの左大腿骨の一部も肉がそぎ落とされていました。平岡都さんの遺体の一部が発見されるにつれて判明していく、そのあまりの悲惨な状況から警察も「動物に食われてしまったのでは?」と考えるほどだったそうです。

胴体には焼かれた跡も

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矢野富栄の手によってバラバラにされてしまった平岡都さんの遺体ですが、最初に発見された頭部には踏まれたような跡が、11月8日に発見された胴体部分には火で焼かれたような跡が残っていたそうです。

さらに、平岡都さんの死亡後につけられたような傷も見付かっており、様々な事件を扱ってきている警察ですら、思わず目を背けたくなってしまうような状態だったそうです。

矢野富栄の生い立ちや経歴

人間の心を持っているとは思えないほどの残酷な犯行に及んだ矢野富栄という男は、どのような人生を歩んできたのでしょうか?矢野富栄の幼少期からの生い立ちや経歴をチェックすることで、島根女子大生死体遺棄事件を起こした矢野富栄の人物像に迫っていきましょう。

矢野富栄の幼少期から学生時代

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島根女子大生死体遺棄事件の犯人で、何の罪も無い平岡都さんを殺害して遺体をバラバラにした矢野富栄は、どんな幼少期や学生時代を過ごしていたのでしょうか?

山口県出身の4人家族

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矢野富栄は山口県下関市出身で、父・母・矢野富栄・弟の4人家族のようです。矢野富栄の両親はもともと米屋を営んでいたようですが、島根女子大生死体遺棄事件の約2年前に父親が病死し、米屋は閉店。その後は、近所でも美人だと評判だった母親がクリーニング店を開店したそうです。

中学時代は陸上部でキャプテン

矢野富栄は地元の中学校に通い、陸上部に所属していたそうです。大人しく女性と話すのが苦手という性格だったようですが、スポーツ万能な中学時代の矢野富栄は陸上部のキャプテンを務めていました。

高校時代は真面目な生徒

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地元の中学校を卒業した矢野富栄は、北九州市の私立高校に進学。高校でも引き続き陸上部に所属し、学業と部活動を両立していました。高校時代の矢野富栄は特進クラスの真面目な生徒で、柔道でも黒帯だったようです。

九州の国立大学に推薦入学

学生時代の矢野富栄は運動神経が良いだけでなく、成績も優秀でした。そんな矢野富栄は高校生の時に防衛大学を受験し、見事合格。しかし防衛大学には進学せず、1浪して九州の国立大学に推薦入学したようです。

高校生までは真面目で大人しく、女性と話すことを苦手としていた矢野富栄でしたが、大学に入学してからはナンパに明け暮れていたとも言われています。それも関係してか、矢野富栄は国立大学を中退しています。

矢野富栄はイケメンだった?

矢野富栄を知る近所の人によると、矢野富栄は美人な母親似で目鼻立ちがはっきりとしたイケメンだそうです。いわゆる2枚目だった矢野富栄は、運動神経が抜群で成績優秀とまさに3拍子揃っていましたが、女性と話すことが苦手な上に、真面目すぎて堅苦しい印象を与える人物だったようです。

大学中退後バンド活動に励む

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九州の国立大学を中退した矢野富栄は、アルバイトをしながら友人と一緒にバンド活動をしていたこともあったようです。矢野富栄は特にドラムが上手で、その腕前は周囲で評判だったそうです。バンド活動に励んでいた矢野富栄でしたが、仲間と喧嘩したことをきっかけにバンドを脱退しています。

明確な時期は不明ですが、矢野富栄は過去にミクシィを利用し、「dr.よしゆき」という名で仕事や趣味、音楽関連のことを書き込んでいたそうです。一部では矢野富栄がプロのドラマーとして活躍していたと囁かれているようですが、その真相は謎に包まれています。
 

ソーラーパネル会社に就職

大学中退後はアルバイト生活を送っていた時期もあった矢野富栄ですが、2009年5月頃に地元・下関市にあるソーラーパネル会社に就職したそうです。会社では営業マンとして働き、飛び込み営業をすることも多かったそう。

SNSでは仕事の愚痴をこぼしたり、ストレスが溜まっている様子を露わにしていた矢野富栄ですが、勤務態度と営業成績は優秀だったそうです。そんな矢野富栄は平岡都さんを殺害した時期もソーラーパネル会社で勤務していて、殺害後も普段通り出社していました。

これまで欠勤が無かった矢野富栄でしたが、平岡都さんの遺体の頭部が発見された2009年11月6日の夜に、電話で社長に「明日から2日間休みが欲しいです」と申し出ています。

わいせつ事件による前科持ち

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平岡都さんを殺害し遺体をバラバラにした矢野富栄は、実は初犯ではありませんでした。島根女子大生死体遺棄事件から遡ること5年、2004年に矢野富栄は通りすがりの女性に刃物を突きつけ、わいせつな行為をしようとしています。

わいせつ行為は未遂で済みましたが、被害女性は怪我を負っています。矢野富栄は他にも2件の事件を起こし、懲役3年6ヶ月の判決を受けているのです。

島根女子大生死体遺棄事件の謎

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島根女子大生死体遺棄事件は犯人も被害者も死亡しているため、いくつかの謎が残ったままとも言われています。当時、女子大生だった平岡都さんと30代だった矢野富栄は、どこかで接点があったのでしょうか?

他にも、なぜ矢野富栄は平岡都さんの遺体を地中に埋めなかったのか、矢野富栄は本当に事故死だったのか、疑問に思う方も多いのではないでしょうか?そこで、続いては島根女子大生死体遺棄事件の謎に迫っていきましょう。

謎①平岡都さんが狙われた理由

島根女子大生死体遺棄事件の内容を見ていくと、まず気になるのが「なぜ平岡都さんが狙われたのか?」という謎でしょう。平岡都さんの遺体が発見されると、警察は男女間トラブルなどの怨恨が犯行動機と読み、平岡都さんの友人関係を調べていたそうです。

ところが、犯人・矢野富栄と平岡都さんには一切接点がありませんでした。この為、たまたま矢野富栄の目に歩いていた平岡都さんの姿が留まり、被害に遭ってしまった可能性も考えられます。しかし、矢野富栄はすでに死亡している為、なぜ平岡都さんを狙ったのか、その謎は不明のままです。

謎②なぜ遺体を埋めなかったのか

一般的に、バラバラ殺人は遺体が発見されないようビニールなどで包み、地中に埋めて隠すものです。しかし、臥龍山の山頂付近で見付かった平岡都さんの頭部は、落ち葉の上に置かれていました。

ここで浮上するのが、「なぜ矢野富栄は遺体を埋めて隠さなかったのか」という謎です。自分の犯行を隠したいと考えると、人の出入りがある臥龍山に遺体を遺棄することは避けるはずですし、少なくともビニールなどに遺体を包んで地中に埋めるはずです。

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調べてみると、平岡都さんの胴体部分にはビニール片が付着していたようですので、もしかしたら地中に埋まっていた遺体が、山に住む動物によって掘り起こされてしまった可能性もあります。しかし、この謎も矢野富栄が死亡している為、今後も明らかになることはないでしょう。

謎③矢野富栄は本当に事故死なのか

島根女子大生死体遺棄事件の最大の謎と言われているのが、「犯人の矢野富栄は本当に事故死なのか」というものです。先述しているように、矢野富栄は平岡都さんの遺体発見2日後の2009年11月8日に、山口県内の高速道路で起きた事故で母親と一緒に死亡しています。

矢野富栄は、出発前に周囲の人間に対し「父親の墓参りに行く」と伝えていたようです。母親と訪れた父親の墓の前で、矢野富栄は何を思ったのでしょうか?矢野富栄が自分の犯行を母親に伝えたと仮定すると、母親は警察に自首するよう諭した可能性も考えられます。

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矢野富栄は事故死と判断されていますが、状況を含めて考えると自殺だった可能性も捨てきれないでしょう。しかし、母親を道連れにする必要性は無いはずです。もしかしたら突発的な自殺だったのか、矢野富栄が死亡している今は知る由もありません。

なぜ7年後に容疑者が判明したのか

島根女子大生死体遺棄事件の犯人である矢野富栄は、平岡都さんの頭部が発見された2日後に事故で死亡して警察の目に留まっているので、その時点で事件の容疑者として浮上していてもおかしくありません。しかし、実際に矢野富栄が犯人だと断定されたのは、事件発覚7年後のことです。

では、なぜ犯人が断定されるまで7年もかかってしまったのでしょうか?そこで続いては、容疑者の判明までなぜ7年もかかったのか、という謎の真相に迫っていきましょう。

Nシステムが判明のきっかけ

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警察は島根女子大生死体遺棄事件が発覚した時点で、矢野富栄の車が犯行現場付近を走っていたことを把握していました。しかし、事件との関連度は低いと判断され、詳しく捜査していなかったのです。

なかなか容疑者が判明しない中、警察は自動車の車両ナンバーを自動的に読み取る「Nシステム」を改めて調べることに。その結果、島根女子大生死体遺棄事件の発生前後に島根県浜田市を移動し、途中でNシステムが無い裏道を通るなど、不審な動きをしていた矢野富栄の車を発見したのです。

「大変なことをしてしまった」と発言

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平岡都さん殺害後の矢野富栄は、知人に対し「大変なことをしてしまった」と発言しています。Nシステムで矢野富栄の車が不審な動きをしていたことが判明していますが、知人に対してこのように発言していたことで、島根女子大生死体遺棄事件との関与が決定的になったのです。

大量の悲惨な画像が発見される

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警察は、押収した矢野富栄のデジタルカメラやUSBのデータを復元しています。すると、そこには合計57枚にも及ぶ島根女子大生死体遺棄事件関連の画像が表示されていました。平岡都さんの遺体を写している画像だけでなく、殺害に使用されたと見られている包丁や、遺体を解体している様子を写した画像もあったそうです。

さらに、平岡都さんの遺体が撮影されている場所が、矢野富栄の自宅の浴槽ということも判明しました。これらの画像が発見されたことで、平岡都さんの死因の謎と矢野富栄が犯人ということが明らかになっています。

矢野富栄の家族の現在

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ここまで島根女子大生死体遺棄事件の内容や、事件発覚から10年が経過した現在でも明らかになっていない謎に迫ってきましたが、犯人・矢野富栄の家族は現在どのように過ごしているのでしょうか?

事故で共に亡くなった母親

事故で矢野富栄と共に死亡した母親は、矢野富栄のことをとても可愛がっており、前科のある息子を気にかけていたと言われています。夫が死亡したことで生活が苦しくなりクリーニング店を始めたことからも、矢野富栄の母親は家族想いの優しい性格だったことが考えられます。

矢野富栄の弟は美容院を開店

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矢野富栄の家族は父・母・矢野富栄と死亡しているため、生き残っているのは弟のみとなっています。そんな矢野富栄の弟は結婚しており、妻と一緒に美容院を経営していたようです。

事件後美容院をたたみ消息不明に

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島根女子大生死体遺棄事件の犯人が矢野富栄だと判明すると、世間からの怒りや誹謗中傷は美容院を経営していた弟に向かいます。弟は事件と無関係ですが、美容院の経営を続けることが難しくなってしまった為、矢野富栄の弟は美容院を閉店しています。

さらに、弟は普通の生活すら送ることが困難になり、美容院閉店後に行方をくらまして消息不明になっています。弟の足取りはここで途絶えているので、現在どこで生活しているのか、妻と離婚したのかなどは明らかになっていません。

矢野富栄が起こした悲惨な事件を忘れてはならない

今回は、平岡都さんが被害に遭ってしまった「島根女子大生死体遺棄事件」の内容や残された謎、矢野富栄の人物像や家族についてご紹介しました。犯人である矢野富栄が事故で死亡しているため、島根女子大生死体遺棄事件には多くの謎が残ったままとなっています。

無関係な女子大生を殺害した上に遺体をバラバラに解体し、山に遺棄をした矢野富栄。人間が起こしたとは思えない悲惨な事件を忘れてはいけません。

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