吉岡秀隆の現在!再婚や離婚は?出演ドラマなど経歴まとめ!

吉岡秀隆さんは、数多くの映画やドラマに出演し、多くの映画賞を獲得しているベテラン俳優です。そんな吉岡秀隆さんがどのような経緯で結婚し、離婚したのか?そして再婚はしているのか?そのあたりを彼の経歴を交えながら紹介していきます。

吉岡秀隆の現在!再婚や離婚は?出演ドラマなど経歴まとめ!のイメージ

目次

  1. 1吉岡秀隆のプロフィール
  2. 2子役時代から大活躍の吉岡秀隆
  3. 3吉岡秀隆出演人気映画
  4. 4吉岡秀隆の出演人気ドラマ
  5. 5内田有紀と富良野で結婚
  6. 6現在の吉岡秀隆は?
  7. 7今後の吉岡秀隆にも注目

吉岡秀隆のプロフィール

愛称:不明
本名:吉岡秀隆
生年月日:1970年8月12日
年齡:48歳(2019年4月現在)
出身地:埼玉県蕨市
血液型:A型
身長:172cm
体重:不明
活動内容:俳優、ミュージシャン、ナレーター
所属グループ:不明
事務所:Office Bow!
家族構成:妻・内田有紀(2002年〜2005年)
出演作品:ドラマ「北の国から」「Dr.コトー診療所」、映画「男はつらいよ」「学校」「ラストソング」 他
 

吉岡秀隆の経歴

吉岡秀隆さんは5歳で子役として芸能界入りし、すぐにドラマデビューを果たしました。同時に”吉岡ひでたか”の名で子供向けの歌も歌っていました。代表的な作品は1976年にNHK「みんなのうた」で放送された「山口さんちのツトム君」です。

各社が競作で発売したこともあって、レコードの売上は150万枚以上の売上を記録しました。しかし発売した会社はそれぞれ違う歌手を起用していたため、すべての曲が吉岡秀隆さんの声ということではありません。吉岡秀隆さんが歌っている曲はビクターの童謡集に収録されています。

1977年に映画デビューを果たした吉岡秀隆さん。1981年に公開された「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」からはレギュラーで出演するようになり、同じ年に始まったフジテレビ系ドラマ「北の国から」でも、主人公演じる田中邦衛さんの息子役としてレギュラー出演を果たしました。

2003年には「Dr.コトー診療所」が大ヒットし、その後も数々のドラマに出演しました。映画では「八月の狂詩曲」や「まあだだよ」などの黒澤明監督の作品にも多く出演しています。

吉岡秀隆さんは子供の頃からプロ意識が強かったようで、監督が要求した役をうまく演じられなかった時は、悔しさで泣いていたという噂があります。

さらに2006年に公開された「四日間の奇蹟」では、ピアノ未経験だった吉岡秀隆さんがベートーベンの代表曲「月光」という7分間の曲を自力で習得し、実際に劇中で弾いたというエピソードがあります。

私生活では、ドラマで共演した内田有紀さんと2002年12月に結婚。当時は「世紀のビッグカップル誕生」と言われましたが、3年後の2005年12月に離婚しています。

子役時代から大活躍の吉岡秀隆

吉岡秀隆さんは5歳で劇団若草に所属し、同じ年に「大江戸捜査網」にてTVデビューしていますから、芸歴は40年以上となります。ここでは子役時代の吉岡秀隆さんの活躍などを紹介していきます。

7歳で映画初主演

吉岡秀隆さんは、後にレギュラー出演をすることになる「男はつらいよ」の主人公を演じていた渥美清さんが金田一耕助役で出演していた「八つ墓村」で映画デビューしました。この「八つ墓村」という作品は、「犬神家の一族」などを書いた横溝正史さんのミステリー小説の映画化作品です。

この映画の主人公は金田一耕助ではなく、事件に巻き込まれた1人の男性になっており、それを演じたのは萩原健一さんでした。その主人公の子供の頃を演じたのが、当時7歳だった吉岡秀隆さんでした。

「北の国から」は11歳から

吉岡秀隆さんは1981年から放送開始されたフジテレビ系ドラマ「北の国から」において、主人公の息子役として11歳から出演し、その後2002年に放送された最終作「北の国から2002遺言」までレギュラー出演を果たしました。

「男はつらいよ」でもレギュラー

吉岡秀隆さんは1981年に公開された「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」に出演。「男はつらいよ」シリーズ第27作となった同作から、1997年に公開された最終作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別編」までレギュラー出演を果たしています。

吉岡秀隆出演人気映画

吉岡秀隆さんは多くの映画に出演していらっしゃいます。彼が出演している映画を代表的なものを中心に紹介していきます。

映画「男はつらいよ」

「男はつらいよ」は渥美清さん主演、山田洋次さんが監督・原作・脚本を担当した国民的娯楽作品です。1969年に第1作目が公開され、1995年までの全48作と1997年に特別編1作が公開されています。

吉岡秀隆さんは第27作目から特別編まで23作品に出演され、1989年に公開された第42作目「男はつらいよ ぼくの伯父さん」以降は、病気になった渥美清さんの代わりに登場機会が増え、ストーリー展開も吉岡秀隆演じる満男の恋模様が中心となったため、事実上の主演となっていきました。

山田洋二監督からの絶大な信頼

吉岡秀隆さんが「男はつらいよ」に出演するようになったきっかけですが、1980年に公開された「遙かなる山の呼び声」のオーディションで、その作品の監督だった山田洋次さんに見い出され、その翌年の「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」からレギュラー出演することになりました。

その後も山田洋次監督の作品に度々器用されます。1986年公開の「キネマの天地」、「学校」シリーズ(第2作、第3作)、「虹をつかむ男」(全2作)、2001年公開の「釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇」などです。これだけ多くの映画に起用されたのは、山田洋次監督からの絶大な信頼があったからだろうと思われます。

映画「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズ

次に代表的な作品は「ALWAYS 三丁目の夕日」です。第1作目は2005年に公開され、第2作目は2007年に公開された「ALWAYS 続・三丁目の夕日」、第3作目「ALWAYS 三丁目の夕日”64」は2012年に公開され、すべての作品で主演を努めました。

昭和30年代前半を舞台にした人情ドラマで、吉岡秀隆さんは才能はあるものの、なかなか芽が出ない貧乏小説家・茶川竜之介を演じています。その茶川竜之介の恋と、母親に捨てられた少年との交流を中心としたお話です。

第1作目はその年の映画賞を独占し、第29回日本アカデミー賞では最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞など、12個の最優秀賞を受賞。吉岡秀隆さんも最優秀主演男優賞を受賞しています。ちなみに第2作目でも同じく最優秀主演男優賞を受賞しました。

映画「ラストソング」

「ラストソング」は1994年に公開された、本木雅弘さん主演の日本映画です。スターを夢見て東京に旅立った2人のミュージシャンと1人の女性の4年間の青春を描いた作品です。吉岡秀隆さんは才能を見い出されるギター弾きの青年・稲葉一矢として出演しています。

歌手活動もしていた吉岡秀隆

その「ラストソング」の中で吉岡秀隆さんは歌手という役で歌を歌っていますが、この曲は吉岡秀隆さん自身が作詞・作曲し、実際に同じ曲で歌手デビューを果しています。これが吉岡秀隆さんの歌手デビュー作となっており、47万枚の売上とオリコンで最高7位を記録する、最大のヒット曲となりました。

 

吉岡秀隆の出演人気ドラマ

吉岡秀隆さんは映画以外でも、TVドラマなどで主役としてレギュラー出演しています。ここからは吉岡秀隆さんが出演した代表的なTVドラマを2本紹介していきます。

ドラマ「北の国から」シリーズ

フジテレビ系ドラマ「北の国」からは1981年から1982年にかけて、全24話の連続ドラマとして放送され、その後1983年から2002年の最終作までスペシャルドラマとして、2〜3年に1本の割合で放送されていた国民的TVドラマです。

物語は、妻と離婚した中年男が2人の子供をつれて北海道の富良野に移り住み、そこで3人が成長していくホームドラマとなっています。吉岡秀隆さんは田中邦衛さん演じる主人公の黒板五郎の息子・黒板純を演じています。

放送された当時は、田中邦衛さんの「じゅーん、ほたるー」の独特の言い方や、吉岡秀隆さん演じる純の口癖「〜な訳で」が評判になり、視聴率は高かったそうです。

このドラマのスペシャル版は「文化庁芸術祭作品賞」や「向田邦子賞」などを獲得し、舞台となった富良野市は、今や北海道を代表する観光地になっています。

「~な訳で」でトリビア?

「じゅーん、ほたるー」や「〜な訳で」は多くの人が知っているフレーズですが、フジテレビ系のバラエティ番組「トリビアの泉」では、純の「〜な訳で」を、すべての作品で何回言っているのかを検証した事があります。

タモリさんや共演者たちは、これだけ有名だから1回の放送で5回位は言っているだろうという予想をしますが、TVドラマ24回とスペシャルドラマ9回すべてで、結局52回だったため、その少なさに驚いていました。

都会っ子でさみしがりな純

物語は北海道に移住してきたところから始まります。妻の玲子(いしだあゆみ)の不倫によって別れざる得ない状況になりましたが、典型的な都会っ子で母親っ子でもあった純(吉岡秀隆)は富良野での原始的な生活になかなか馴染めず、母親を恋しがって東京に帰りたいと願っていました。

しかし、次第にその生活にも慣れ始めた矢先に母親が急死して、そのときに戻った東京に違和感を覚えた純は都会の未練が無くなり、大自然の中で生活していくうちにたくましくなっていきます。

純は上京しグレた?

純は中学を卒業すると、東京の定時制高校に通うようになりました。しかしそこで悪い友達とつるむようになった純は、髪を染めたり、バイクに乗ったり、傷害事件を起こしたりして、すっかりグレてしまいます。

しかしその後改心した純は、ガソリンスタンドで働きながら、東京生活を数年続け、そこで知り合ったタマ子(裕木奈江)といい仲になります。しかし軽い気持ちで付き合っていたためか、妊娠が発覚したときに慌ててしまい、タマ子の父親(菅原文太)に殴られてしまいます。
 

富良野に戻って結婚?

その後、富良野に戻った純はシュウ(宮沢りえ)といい仲になるものの、知り合いから引き継いだ牧場が倒産したために莫大な借金を背負うことになります。それを返済するためにシュウに別れを告げずに富良野を離れます。そして音信不通となったシュウとは別れてしまいます。

その後知り合った結(内田有紀)と付き合うようになった純。純の借金を肩代わりしてくれた知り合いが寝たきりになったことを聞いた純は富良野に戻り、そこで再び暮らすようになります。



 

交際を続けていた結が、人妻(別居していた)だったことを知ったり、その夫から襲撃されたりなどの事がありながら、最後は富良野に嫁ぐ覚悟で単身やってきた結と結婚することになりました。

ドラマ「Dr.コトー診療所」

吉岡秀隆さんのもう一つの代表作は、同じくフジテレビ系ドラマ「Dr.コトー診療所」です。物語は東京から沖縄の無医村にやってきた1人の青年医師とその島に暮らす人々との交流を描いた人間ドラマです。

2度の連続ドラマと2本のスペシャルドラマが放送され、「橋田賞」や「ギャラクシー特別賞」などを受賞。中島みゆきさんが歌った「銀の龍の背に乗って」も大ヒットし、ロケ地になった当時の与那国島は多くの観光客で賑わいました。

内田有紀と富良野で結婚

吉岡秀隆さんは2002年に女優の内田有紀さんと結婚しました。ここからは内田有紀さんと結婚した経緯や、その後について紹介していきます。

なれそめは「北の国から」での共演

吉岡秀隆さんと内田有紀さんが知り合ったきっかけは、2002年に放送された「北の国から2002 遺言」での共演でした。ロケの終盤ではロケバスの中で腕を組む姿や、夏には吉岡秀隆さんが内田有紀さんの部屋に通っている所などがスクープされ、結婚は秒読みだと噂されていました。

内田有紀プロフィール

内田有紀さんは1975年生まれの現在43歳(2019年4月時点)。1992年に「その時、ハートは盗まれた」で女優デビューを果たすと、1994年には「時をかける少女」で連続ドラマ初主演。同じ年には歌手デビューすると、オリコン史上初となる女性ソロ歌手のデビュー曲で初登場第1位を獲得します。

その後はアイドル・女優として確固たる地位を確立させ、若者たちを中心に絶大な人気を誇ることになりました。

富良野での結婚式が話題に

吉岡秀隆さんと内田有紀さんの結婚式は、「北の国から」の脚本家だった倉本聰さんがプロデュースを担当し、富良野プリンスホテルで執り行われました。2人は「北の国から」の中でも結婚し、しかも同じ舞台の富良野ということで、当時は話題になりました。

わずか3年で結婚生活に終止符

しかし2005年の12月に吉岡秀隆さんと内田有紀さんは離婚します。離婚報道される少し前には、2人が仲睦まじく食事やコンサートなどに出かけていたことが伝えられていたため、周囲はびっくりしたそうです。

離婚の原因は暴力?

2人が離婚した原因は吉岡秀隆さんの暴力ではないかとの噂がありました。その真意はわかりませんが、内田有紀さんとのすれ違いが原因だという説が強いようです。

もともと内田有紀さんの家庭環境が複雑で、両親が離婚し、その後再婚。それに伴い父親、母親、祖父母の家を転々としていたようです。そして高校生の時には一人暮らしを始めており、彼女にとっての理想の家族とは、常に一緒にいることだったようです。

しかし吉岡秀隆さんはドラマや映画で忙しく、さらに「女は家庭を守るもの」という考え方で、内田有紀さんが芸能界に復帰することや、友達と外出することも許さなかったそうです。

我慢できなくなった内田有紀さんが離婚を切り出し、11月には書き置きを残して自ら家を出ていったそうです。その後、内田有紀さんは芸能界に復帰。ちなみに今現在、内田有紀さんは再婚などはしていないようです。

現在の吉岡秀隆は?

現在の吉岡秀隆さんはどうなさっているのでしょうか?現在の彼の仕事や再婚の噂などについて、調べてみました。

現在も映画にドラマに活躍中

吉岡秀隆さんは離婚後も忙しくされていて、多くのドラマや映画に出演されました。そして現在も前と変わらず活躍しており、2020年に公開予定の「岬 最後のサムライ」や、2019年には映画版では初出演を果たした「八つ墓村」のドラマ版での金田一耕助役も決まっております。

目が変?病気なの?

吉岡秀隆さんの目が変だとして、世間が騒いでいたことがあります。それは2014年に放送されたフジテレビ系ドラマ「若者たち2014」でのことです。このドラマで吉岡秀隆さんは、人前であまり感情を表に出さない医師役を演じています。

役柄的にテンションが低く、ミステリアスな部分もあったため、視聴者からは目が変だと思われたのかもしれません。しかし芸歴が長い吉岡秀隆さんが役作りのために、このような目をしたのだと思われます。
 

吉岡秀隆に再婚の可能性は?

現在、ドラマや映画で大忙しの吉岡秀隆さん。彼が再婚したという情報は入っていませんが、今後再婚する可能性はあるのでしょうか?

再婚相手は壇蜜?

離婚後、あまり浮いた話が出ていなかった吉岡秀隆さんですが、2015年になってから、壇蜜さんとの交際が噂されるようになりました。この時の年齡は吉岡秀隆さんが45歳、壇蜜さんが35歳ですから、年齢的にも再婚の可能性があるように思われます。

しかしこの情報は全くのデマだったようです。壇蜜さんがあるインタビューで語っていた理想の彼氏の条件が「45歳で3枚目」だと言っていたことが、何故か吉岡秀隆さんと繋がり、噂になったようです。

今後の吉岡秀隆にも注目

吉岡秀隆さんの子役時代から現在までの経緯、離婚や再婚に関して紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?現在も多くの作品に出演し、さらに芸の幅を広げているようです。今後の吉岡秀隆さんの活躍を期待しながらも、今後あるかもしれない再婚のニュースも楽しみに待ちましょう。

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